orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

飲み会に対する飲めない人の気持ち

 

なぜ飲み会に対して、飲めない人が恨み節を述べるのかあんまり理解されていない気もするので言葉にしておく。

 

ソフトドリンク飲んで楽しく話をしていればいい

いや、そんなにソフトドリンク飲みたい?。

酒飲みが一杯500円くらいするお酒をどんどん飲んでいる横で、安いソフトドリンクをね、1杯は飲むとしても何杯もいらないでしょ。

飲み放題にしたって、ソフトドリンク飲み放題なんてサイゼリヤでおいくらよ。

そもそも釣り合ってない。自分が飲んだ分自分で払えと昔から思ってた。

 

お酒飲んだら即、頭痛

体質的なものもあるよね。飲める人がほんの少しの量で、頭痛が始まっちゃう。飲めなきゃいけないのかなと思ってた頃はもっと飲んで、家に帰って激頭痛と吐き気と戦ったこと十数度。もうああいうことはしないと心に決めて、比較的自分自身に合うお酒を少しだけ飲むようにしてしのいでる。

強い健康リスクを知っていて、なんであんな高いお金を使って飲まなきゃいけないのか理解できない。

 

お酒が美味しくない

あの、ビールとかの宣伝の「ぷはー」ってのがよくわからない。

別に普通の炭酸飲料で十分だし、アルコールがぶ飲みしたら一気に回って前段の通り頭痛が始まる。そしたら飲み会どころじゃない。

つまり美味しくないわ、体調悪くなるわ。

 

飲み会はにこにこしてればいい、という苦痛

飲める人はテンションがどんどん上がるわけでしょ。

知ったこっちゃない、こっちは飲めないのだから。それに合わせてにこにこしてればいいって、そりゃ飲んでる人は気持ちいいでしょう。こっちは面倒くさいだけよ。

美味しい思いをして、お話ができて、そして気持ちよくなるという雑なしくみに自分をいれんな、と思う。そこまで簡単な人間ならさぞ人生楽だったでしょうね、って何度も思ったことあるよ。

 

飲み会はうるさい

お酒が嫌いなことが基盤にあるけど、そもそも飲み屋自体がうるさいと思う。たくさんの人がわいわいするのが生理的に苦手。同時にたくさんの人が話したら全部聴こえるけど、脳が疲れる。

まあ音声というか、感覚が敏感なほうなので、多人数テーブルとかが嫌い。もともと単独行動が好きで、誰かと同じ場所にいるとしたら、少人数を選ぶ。酒が嫌いな上に、ああいうたくさんの人が同時に話してうるさい場所ってのが苦手なんだよね。

 

終わるまでずっと退出できない

用事が終わったらさっさと退出したい。退出できないならその問題を考え、解決したい。効率化したい。みたいな状況と真反対。束縛された場所に制限時間まで居続けるのが苦手。

 

結論

もともと取引として不公平。飲む人にたくさんお金を払わせたい。

人との交流をするなら、飲み会という仕組みじゃなく、少人数のお食事会がいいな。そもそも酒を飲める人とそうでない人の差が大きすぎる。酒好きな人の酒の過大評価が強すぎる。それ嫌いだから。

それにも増して、たくさんの人が同時におしゃべりするとうるさい。

人材交流するなら、少人数にして、しかも話が盛り上がるようにファシリテートできるような状態がいい。議題もないのに何を話すんだろうと思うことは多い。

いやもっと、肩の力を抜いて仲間なんだから楽しもうよ、という意見には、いや仲間じゃないし、と思う。この辺りが本質なのかも。飲み会って「仲間になれたらいいね」みたいな仮説が前提となっているんだけど、私は仲間だと思ってないからね。そんなに人間ができていないのかもしれないけど、会社は仕事をするところで、周りの人は大事にするけれど、仕事というきっかけがなければ他人だからね。

もし、仲間というか「友達」という役割を期待するんだったら会社の人たちは完全に外れるな、とは思ってる。だからこそ、飲み会の前提が自分にとって価値を生まない。

慣習的に、飲み会が会社の人事交流としての施策になりがちなので、仕事として参加はする。一方で、なんだか不器用な仕組みだな、もっと誰でも楽しめる仕組みのやり方はないものかと常々思っている。

一般的な飲み会については、つきあいがいいとか悪いとかじゃなく、私個人にとってあんなつまらんもの提案してくんな、と思ってる。