orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

飲み会に全く行かなくても何も困らない

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飲み会に全く行かなくても何も困らない。

ソースは私?。

マネージャーになってからはむしろ飲み会は、コロナ禍になる前から、会社主催・接待以外はゼロです。

もともと多人数でわいわいするのって、私は苦手なんですよね。

三十年弱前に大学生になって東京に出て来た私が面食らったのは、飲み会文化でした。サークルで新歓コンパみたいなのに呼び出されそこから毎週のように飲み会をやっててそれに参加しなければいけない的なところから始まりました。

大昔は、一気飲みをさせられるのが当たり前で、私はお酒が飲めなかったのに合わせたので帰りの電車とか家に着いてから気分がすごく悪くて、ほんと嫌な思い出しかありません。ビールもそれで嫌いになりました。

お酒の味だけならまだしも、そもそも私は人とコミュニケーションするのは嫌いではないのですが、「騒ぐだけで情報交換もせず会話も楽しまずただただおかしく騒ぐだけ」という状況の楽しさがわかりませんでした。しかし、この2020年になってもそういう文化はあるようですが、これには一定の理解をしています。

人と人がわかり合うことは難しい。

だから、分かり合おうとしてぶつかるリスクを背負うより、ただただそれを隠して、お酒を通じて笑い合い騒ぎ合うだけで、共通体験を過ごした実績を得て、次に会ったときに親しくできるようになる。

というロジックです。これには一定の効果があり、特にビジネスのような実際はお金で結びついているような浅い関係では有効に機能すると思います。だから、殊更否定することは全くしないのですが、基本的に私はこの手法が嫌いなので、積極的に開催しようとは全く思いません。

私は、リスクがあっても、人と話をして理解し合う方を求めているので、それを必要としないのに飲み会なんてわざわざ開いたって、そもそもお酒が嫌いなので大きいメリットを感じないと思います。もともと仕事をするという共通目的があるため、それを一緒にやり遂げる共通体験があり、そこでの信頼関係があるのに、わざわざ飲みに行って騒いでどうすんねん、と心から思っています。

こうやって整理してみると、学生時代にお酒で嫌な思いをしたことが根底にあると思います。もしお酒をあんな風に(一気飲みなど)食しなかったら、もっと味わえていたかもしれない。悪い酔い方による副作用があまりにも苦痛だったのでそうならないように生理的に拒否しているような気がします。

さて、じゃあ、深い話をするためだったら、少人数で飲み会に行ってもいいか、という話です。これはむしろ飲み会というより、会食になろうと思います。おいしいものを少人数で楽しみ、普段できないような話をして交流する。

このレベルで、逆に誰かとお付き合いしたい、深い関係を持ちたい、なんて思うことも今となっては減ってしまいました。人間関係が仕事を通じてなので、プライベートを共有して何になるのかがあまり結びつきません。

うーん、多分に、仕事が楽しいし仕事を通じた人間関係も満足しているので、わざわざ会食などで広げようとは思わない、のかもしれません。

ここまで話を突き詰めると、(仕事においては)一切飲み会も会食も不要だと思って物心ついてから思ってきたので、今のコロナ禍でそういうものが否定されている状況に対して、何の苦痛もないしむしろこのままでもいいんじゃない?とも思う今日この頃の私です。本業をベストにまわして、利益を最大化し給与を増やし、働く環境を良くしつつ職場の人間関係を仕事を通じて円滑にする。そのなかに飲み会が全く無くても何の支障もない、というのが私の今の意見です。今後もそうやって生きて行くと思いますし、飲み会に尻込みしていると社会では活躍できないと思い込んでいる人がいたら、そうでもないよ、と言ってあげたい気分です。