orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

飲み会が楽しくない人がいる、の議論について

 

すごく、私、この記事の状況に当てはまるんですけど。

 

trilltrill.jp

幼少期から集団の中にいると、いつもどこか緊張していてぎこちない。

なんとなくまわりから浮いていて、でも1人の時間と家族といる時間だけは、自分らしくいられた。

そんな自分を変えたくて無理をする日々。人生が合っていないような、ぬぐえない違和感…。頭と心と体がちぐはぐなまま生きていたーー。

そんなここみさんはある日、自分が「内向的」で「HSP」だということを知ります。一般的に「内向的」とは内省し、ゆっくりと慎重に行動することを好む人で、「HSP」とはHighly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の略で、とても敏感な人のことを指します。

ここみさんの実体験を元につづられるエピソードは、人によっては「あるある」と共感したり、「へ~」という新発見があったり。生きづらさを感じている人も、ここみさんの考え方を知れば心が軽くなるかもしれません。

 

現象は全く同じなのですが、私が思っていることはちょっと違います。

 

まず第一騒がしい

そう、これはその通り。異論なし。

 

声が小さいので叫ぶように話す

私は声が大きいので、別にそれで苦労はしません。

 

そして会話も難しい

会話の内容が難しいとは思いません。ただ私が嫌いなのが「周りの人も聴いてくる」ことです。まるでスピーチみたいになりがちなので、緊張はするし、聴かれたくもないのです。話は誰かとダイレクトにしたい。

 

プライベートなことを聞かれることが苦手

全然苦手だと思いません。聞かれたら話します。

ただ、誰かに聞きたいとは思わないかな、他の人も聞いてるから。

 

どっちにも入れてない

これはほんとにそう。右か左、どっちかの話を聴いてるふりをしなきゃいけないのが本当に苦痛。

 

人といるのに孤独になる現象

私、これが大嫌いで。そして人一倍感じやすい。

 

反対側のグループの会話も気になる

なりませんし、そもそも全部のグループの会話がどうでもよくなることも・・。

私は、誰かと話したい。→これが原因かも

 

飲み会にいない人は悪口を言われる

最近は、こういうのみんな気を付けてますね。怖いですもん。

 

あんまり喋れてないから楽しんでる感出さないと

これ面倒くさいですよね。雰囲気によっては私もやってるかも。

 

なぜ私は・・楽しい人間になれないのだろう

つまらない人間でそれゆえに他人の楽しい場所でさえ台無しにしてしまってるのでは

昔は強く思ったこともありましたけど、今では「飲み会が悪い」と思うようになりましたね。システム上の問題です。私を引き出せるのはこのやり方(飲み会)じゃないと強く信じています。だから悩まなくなりました。

飲み会が好きな人もいるのもわかっているし、その人たちを攻撃したいとは思いませんが、巻き込まないで欲しいとは思います。

 

どうしてこんなことが起こるのか

この分析は、私は納得してないんですね。

HSPっていうところまでは納得できますが、内向と外向で人を分けるのが無理があり過ぎると思っています。

私は、一見内向的なんですが、やってることが派手に外向的である瞬間もあります。

「新しい経験、たくさんの人の交流などの大きな刺激でエネルギーをチャージする」って、もはやこれを、メンバーシップでやっている最中です。ネットで、毎日のようにたくさんの人とお話してますよ。

一方で、グループチャットだと、静かだし、言葉が整理されていて刺激が少なく、そして表情も見えないので、HSPとしてはより良いコミュニケーション環境だと思います。誰が誰と話してるかもわかりやすいし。

だから、飲み会が苦手だからと言って、内向的とは限らないんじゃないか、と思うんです。HSPはコミュニケーションの方法について、かなり状況を作り込まないと、快適に話ができないんじゃないかな、って思うんです。仕事だとコミュニケーションするのに困ったことはないですからね。

私が特にこうやって飲み会に苦労したのは、外向的な欲求が強いのに、飲み会という環境が超苦手というアンバランスによるものだったんじゃないかなあと思います。

人と集まること、飲み会じゃなくていいよね、ということでいろんなやり方があるべきです。私の体感だと、少人数、例えば3~4人くらいに人数が収まっていると、会話がしやすいです。案外、私と同じようなHSP的な人は世間にも多そうなので、世間もそろそろ気を遣って欲しいなとは筆者と同様に私も思いますね。