orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

どうせ、いろいろなことがAIに取って代わられる一方で

 

こうやって、私が作文をしているというのに、一方でAIでブログの記事を自動生成する技術はもう売っているそうな。

 

forbesjapan.com

「AIが書く文章は、6カ月前には笑ってしまうような内容だったが、今では人間が書くのと変わらない質が高いものも増えてきた。将来AIができるようになることを考えると、今やっていることは氷山の一角に過ぎない」とCardinellは述べた。

Cardinellが経営するGlimpse AIは、テキスト作成AIを開発している。同社は、キーワードに基づいてSEO対策をしたブログ記事を自動生成する「Article Forge」と、顧客が定義したスタイルでコンテンツを書き換える「WordAI」の2つのツールを提供している。

 

いわゆるクラウドソーシングのような場所で、Webライターに「こういう題材があるんで、**字くらいでまとめてください」みたいな仕事があると思うんだけど、こういうのはきっと、AIに取って代わられると思う。

いや、AIには無理でしょ、内容の再チェックは必要だし・・と思うかもしれないが、これは人間だけでやるときと実は同じだ。著者が変なことを書く可能性は人間もAIも同じなので、結局のところコストとスピードの競争となる。AIでも高いお金がかかるんだったらまだ人間のほうがいい、というくらいの話。

だから将来的に、貴社、まだ人間が本文書いてるんですか、まどろっこしいですね。システムに食わせて作文したらあっと言う間ですよ。最後に人間が推敲するんですけど、それでも費用考えたら絶対AI使った方がいいですって。

ってことになるんだろうな。

 

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じゃあ、このブログを人間が書いている意味も薄れるんだろうかとふと考える。面白いのは読んで楽しむのはどこまで行っても人間だということ。まさかAIが読んで楽しむということはないだろう。人間が書こうがAIが書こうが、書いたものは人間のためである。AIさんにきっと今後も負けない、と思うのが、個人の経験・感想の部分である。それだけはAIにコピーしづらい。もし私のブログの記事(3000記事以上ある)を全部学習して、私っぽい文章を書き上げてもだ。今の私、今日の私はそこにはいないわけである。所詮ものまねに過ぎないので、きっと情緒的な部分については劣化版になる。というより、2018年の私と2022年の私は全然違うことを考えているので、網羅的に学習して「私が感じたこと、考えたこと」を構成した場合、支離滅裂になるはずである。

このブログの記載期間にはコロナ禍が挟まっているので、その前と後で価値観が大いに変わっている。これは私が変わったと言うより、世間が変わり過ぎたのでそれに私が適応したためだ。こうやって、世界の変化を察知して適応していく能力がない人から、社会から価値が無くなったと言う烙印を押されがちである。例え昔ながらのことをやっていたとしても、現代に合わせて形を変えられる柔軟さが必要だ。

そういう人間の、変わり身の早さのようなものについて、おそらくAIは勝てない。AIがやっているのは所詮、大量のデータを統計分析しつなぎ合わせているに過ぎない。人間が太刀打ちできるとすれば、自分自身が固有のデータを持ち、それに対して独特のあいまいさで整合性を保っていることである。好きな食べ物を食べた時に「おいしい」と言えるのは、おいしいと感じる自分が存在しているからである。AIは「おいしい」という人のデータと、「おいしくないなあ」というデータを同時に扱うことによって、破たんするのが目に見えている。

だから、このブログを私が書く意義って、私の経験による私の感じ方を、私が書くということ以上のものはない。そこだけはAIが取って代われない。だから、いくらAIがテキストをこれから乱造する時代がやってくるけれども、埋もれない。それぐらいの生存力が生身の人間が一人でやるブログにはあると思う。