orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

部下は「AI」だと思うと腑に落ちることがある

 

ITの世界にいると、人間を「システム」として理解する節がある。部下を育てたいと思うときにこう考えてしまう。

・要件定義=どういう部下になるか、組織のあり方を前提に方向性を決定する
・設計=方向性に対して、どのような教育を施せば成長するのか具体的に決定する
・実装=設計に基づいて、教育・指導を行う
・テスト=教育・指導が身についたかどうか確認する

書いていて思ったが、この育成方法は大変良くない。大変良くないのにこの業界、このプロセスに染まりきっているのでたくさんの人がこうしてしまう。

人間は、システムではない。

最近、AIの仕事に携わった人が増えている。AIを仕事に使えるようにすることに携わった人はわかるはずだ。その実装は、これまでのシステム構築とは全然世界が違うことに。

正しいことを教えていけばいくほどAIは賢くなっていく。ただ、何が正しいかということを筋道立って教えていくわけでもない。ただただ、データを投入していく。それらから正しいと思う一つの答えをAIが導くが、それに対して評価を受け、修正していく。

案外、やってることが論理的ではない。原因があって結果があるよを丸暗記していくのがシステムだとすると、AIの場合はたくさんの発想を溜め込み、その中から最適解を経験則によって導いているように見える。

私は数学からAIを学んだわけではないのでその仕組みを熟知しているわけではないが、でもやっていることがとても腑に落ちることがある。

人間の脳も、忘却はすれど、実はおぼえている。頭の中には残り続けるが、重要ではないものはそこにたどり着く道がなくなるだけ。そういう理解をすると人間がわかりやすくなる。「なつかしい」と感じるのは、道が途切れつつあった記憶に、久しぶりにつながって、脳にそんなものが残ってたのか、という感情であると思う。

部下は人間である。だから、システムではなくAIだと思って付き合ったほうが、すっきりすることが非常に多い昨今だ。

AIを育てるように、部下にもたくさんの「正しいデータ」を引き渡す。しかし、部下は別に教育・指導していない間にも、多くの経験をし情報を得て、そして自ら学習しようとする生物だ。毎日生きていれば、何かしらのデータに直面し、溜め込み、そして最適解を考えようとする。

であれば、そもそも要件定義するほうが誤りで、要件について部下と合意ができたなら、あとは設計すらせず、良いと思ったデータを時間を見つけて渡してあげる**だけでよい**。

あとは、部下が勝手に育つのである。

もちろん、AIもデータを渡さなければ、品質は絶対に上がらない。だから、こういうカリキュラムでこれだけを暗記すれば仕事ができる、とは思わずに、無限にデータを与えるのだ。すると、ますます賢くなる。

マイクロマネジメント、という言葉があるが、これが最も良くない指導方法だ。きっと、こういう学習結果になる。

「上司の言うことをそのままやればいい。言われていないことをやったら叱られる。責任なんて負うだけ損だ。」

心当たりのあるマネージャーは多いのではないか。上記は、指示に忠実に従ったら得をしたデータを溜め込んだAIが、上記のような学習をしてしまった、という考え方をするのがとても説明にふさわしい。

怒る・叱る、で人を動かすような古い古いマネジメントをすると、それすら人間は学習してしまう。人間とはもっと賢いのだ。システムのように決まったことしかできない堅物とは違うのだ。部下をAIだと思ったら、なんだかもったいないことを今までしていた、と反省する人は多いと思う。

放置でもなく、過保護でもなく、正しいデータと正しい評価を与え続ければ、部下はきっと、とても有能になるのである。