orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

会社が自分を育ててくれるという発想

 

1秒も、会社が自分を育てようとしてると思ったことはこれまでないかな。

だって給料を頂いているから、その分のバリューを出さないと会社から追い出される。社会人になってからずっと頭の中で計算していた。今の自分の仕事は給料に見合う成果をだしているかって。見合うと思ったら自己評価のときには平均以上を書いてアピールしていたし、そうできるように毎日がんばっていた。仕事ってそういうものかなと思う。給料以上に働くから、評価の時に上昇できる。

もし給料に見合った仕事がそもそも自分に与えられていなかったら・・、それは危機感を持つ。楽でいいじゃん、とはならない。そのうち会社にバレるから。常識的に、給料並みに社員が働かなかったら会社は損でしょ。だったらいいタイミングで理由付けて整理しちゃえとなるのは当然かと思う。

そうならないように、会社が社員を率先して教育して仕事ができるようにすべき、という考え方がどこかにあるらしいが。いや、教育なんかされてたら、その間は仕事ができないじゃないか、と。そしてその会社が決めた教育の方向性が間違っていたとしても会社は責任を取ってくれない。それでも仕事で結果出ないのはどうせ、自分のせいにされる。

それより、自分から会社や仕事と正面から向き合って成果を出すとともに、もっと自分はできる、もっと難しい仕事が欲しいと会社にアピールし続けなきゃいけない。難しい経験こそが自分を成長させ、その上の給料を希望できる基礎となる。教育してくれ、じゃなく、今の仕事はもうこれだけこなせるということを示すことで、会社に自分に対する信頼感、ブランドを主張しなければいけない。それが伝わるから、重責を与えられ、そして成長し給与も上がっていく。

経験だけでは戦えないと思ったら、自分で裏で他人に見えないように勉強する。勉強したと言わないで結果を出せば、会社からは優秀なヤツだと思われる。そうやって会社にはどんどん過大評価してもらって、次の、高度な仕事を取り続ける。過大評価の分はまた、裏で努力すればいい。背伸びすることで新しいスキルを得ていくし、人間は、要求されてこそやる気が出るのだから。

簡単な出来る仕事ばかりやっていて、それで会社から教育を受けるのを待っていて、そしてプライベートでも努力しないとすれば、もう詰んでいるではないか。どこに主体性が入り込むのか。

会社に求めるのは、給与以上の結果を出すことができる環境と仕事。そしてそれを引き出すために、与えられた仕事は200%の結果を出すつもりで。彼/彼女には、この仕事では足りない。もっとやらせないと満足しないだろう、と思われるような仕事を常にしていないと、会社から、もうこれ以上育たないと見限られる。

いつも心に危機感を持つ。自分は自分で育てる。会社に育ててもらうものじゃない。