orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

インターネットとリアルの間で考えて

 

たまには人気の記事に便乗。

 

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

なぜにメディアを信じるか信じないかみたいな話でしか、人は自分の頭で考えられないと思うのだろうか。

そりゃ、人間のリアルってものすごい狭い世界だと思う。仕事の日に朝起きて、家族と少しばかり話をして、そして通勤の間は無言。オフィスでも話をする人はたいてい決まっている。そしてまた通勤して、家に帰って、家族と話す。

独り暮らしならもっとかもしれない。一人の人間の可動範囲なんて限られ過ぎている。リモートワークをしようならなおさらだ。世界は無限に広いのに、人間はほとんど線でしか動いていない。面ですらない。

だから、人はメディアを通じて情報を仕入れるのだろう。そして、そのメディアはインターネットによって多様化し、マスメディアだけではなくSNSを通じて、有象無象に情報が生み出され、自分に送られてくる。

そして、この情報の信ぴょう性が無さ過ぎると冒頭の記事は言いたいのだろう。それはそうかもしれない。また、人があまりにもネットの情報をうのみにしすぎるという皮肉もこめられている、はずだ。

この、リアルとネットの二元論について、正直「古い」考え方だと思っている。

最近は私はnoteメンバーシップにて、全国の方々と会話する機会を得ている。ネット経由である。匿名でもある。ただ限られた空間であり、限られたメンバーであり、同じ人が参加しているのでパーソナリティーもある。ネット上でしか存在しえないコミュニティーと言ってもいいかもしれない。

ここで、週に3回会話する機会を得ているのだが、ここで個々人から話される情報はとても面白い。自分の人生を考えてみると良い。何十年と生きているとたくさんのドラマでいっぱいだと思わないか。それらはネットにあるか。リアルにあるか。自分一人だけでもたくさんの情報量だから、たくさんの人が集まり、個人の持つ情報を節度を持って開示するだけで、たくさんの見えない世界が見えてくるものである。

これを、インターネットとリアルの間、と私は認識している。

インターネットはあまりにも広すぎて、そして真偽がよくわからないものである。発信している人が「誰」かわからないからだ。

リアルはあまりにも狭すぎる。こんなに登場人物が少ないと、偏った考え方になっても不思議ではない。

バーやスナックでコミュニティーを得る話が昔からあるが、それだと、集まるメンバーの特性が「近くに住んでいる人」という縛りが強い。ネットだと全国の人々(もしくは海外まで)を範囲とすることができる。

リアルは狭すぎて、インターネットは得体が知れなくて、この間に突破口がある。もっと人は何かを通じて集まるべきだと思う。私の場合はnoteメンバーシップだったけど、他の方法がもっと生まれたらいいと思う。一時期、オンラインサロンがお金儲けの手段として叩かれたこともあったけれど、ちゃんと賛同する人を見つけ話をする分には、機能すると思う。ネットだと、これは違うと思ったときに距離を取ることも簡単なので。

この話の趣旨としては、あまりに狭いリアルに閉じこもって思考しても何も出てこないし、一方でネットをはじめとした有象無象の情報を無頓着に入手するのも危険。その中間で、もっと「知人」(友達と言えるほどじゃなくてもいい)の数を増やして、幅広い情報源を持ちながら自分の頭で考えるときの材料としてほしい、ということだ。