orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

人は、判断できる能力を試されている。

 

今日は、このツイートの件について書こう。

 

 

会社はいくつか、もしくはたくさんの仕事を請けている。その仕事を社員で分け合っている。社員ごとに責任を分割して負うが、もちろん評価が高い人には高い責任を割り当てられる。そして給与が高い。

どうやって人の評価を決めるのだろうか。

たくさんの人が給与を上げたいと思っていて、ということは評価を上げなければいけない。責任は負いたくないけど給与は欲しい、そんな話があるわけはない。より会社の責任から逃げ出そうとする人は、最後には会社を追い出される。間接的か直接的かはともかく。

さて、評価を上げたいと思って、勉強をたくさんする方はいる。会社も資格取得を推奨している。たくさん知識を身に着け理解したとして、それで評価に直結するか。

直結は、しない。間接的に結びつくことはあっても。

会社がなぜ責任を渡してくれるかというと「判断」を正しく、かつ適切な速度で、繰り返しできるとみなしてくれるからだ。

仕事は判断の連続である。YesなのかNoなのか。それとも保留にし、何らかの対策をするのか。

この判断について、上司は絶えず部下の動作を見ている。部下は能動的に判断できているのか。どんな小さな仕事でもいろんな情報があり、その変化に基づいて誰にも判断が求められている。どんな仕事でも・・。そしてこれは自分では判断ができない、もしくは上司の判断が必要だと、判断したときに上司に相談する。

いろんな質問の仕方がある。

「こういう現象が起きて、仕事ができなくなりました。」

「こういう現象が起きました。調べたらこんな状況のようで、私はこうしたらいいと思うのですがいかがでしょうか。」

もしくは、その現象に気づかない、という状況もある。気づかなければ判断もできない。

また、仕事ができなくなって、そのまま立ち尽くしているというケースもある。

人は、仕事をしていて、どこかで判断をしなければいけない。与えられた権限を越える場合に上司に相談するようになっている。相談するときに、判断を上司に丸投げするのか、それとも自分が判断するならどうかまで、併せて相談しに行く人もいる。

また、上司に相談するという判断までできない人もいる。

いろんな部下の判断力を見ている。そして、この部下なら、自己完結で判断できる、と信頼できた時点で、昇進を検討する。

判断するためには知識が必要だし、経験も必要だ、それは正しい。だから勉強することは間接的には影響する。しかし、いくら勉強してもこの判断するべき場面に活用しなければ全く意味のない、趣味としての知識になってしまう。

だから、なぜ勉強しても昇進できないのか、と悩むのならこの点を気を付けるべきだ。普段の仕事において、自分が判断ができることを身の回りに示しているかどうか。大事な判断をする場面で、誰かに判断を転嫁しようとしていないか。その判断の質はどうか。情報収集もせずに安易に決断し、誤った結果を出してはいないか。

上司は部下に質問することがある。

「問題が起こった時に、どうやって調査をしたの?」

ここで、黙りこむのはもはや、判断以前の問題である。間違えるかもしれないなら黙っていたほうがマシ、という無責任な態度である。

調査方法がわかりませんでした、と正直に答えるのは基本的には問題ない。きちんと教えを請えばよい。ただし、以前に指導されていたのにやらないとしたら、それは判断する力を持ちたいというモチベーションが不足していて、その場しのぎなのがバレる。

少なくとも自分なりに、こういう判断をしたということを言う必要がある。それで初めて評価される。それが正しければ正しいほど、「正しいから、その通りやってみなさい」と伝えつつ、部下に責任を与えようか検討を始めるのである。

繰り返すが、判断する場面から逃げているようではいつまでたっても、どんな博学になっても評価されない。判断を間違えてもいけないし、拒否してもいけない。いつまでも言われたことしかこなせないのが、最も評価が頭打ちになる要因だ。

残念ながら、私も、だんまりになってしまう部下を何度か見たことがある。最も望んでいない対応だ。ただ、上司も「間違ったことを言ったら怒られる」という雰囲気を出してはいけない。上司が威圧的だと部下は、判断をするのをためらうようになってしまう。間違ったことを言っても叱られない前提を作った上で、判断をきく。そして、誤っている場合は、きちんと教える。この繰り返しである。