orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

不安定な安定が終わった日

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昨日と今日、今日と明日。全く変わらないように見えて少しずつ変わっていくから、数年経つと世界は様変わりしているのだろう。

いつからコロナ禍と言われるようになったかはいちいちおぼえていないけれど、世の中はすっかり変わってしまった。昨日だって外食に出かけて、座って5分くらいしたら、「お客様、こちら、席の感覚が若干別のお客様と近いので、向こうの席にお座りいただけますか」と言われ席を変わった。いや、そもそもお店の人にこちらにどうぞ、とこの席に案内されたのだけれども。まあいいか。ということで、世の中はかなりピリピリしている。

こんなに様変わりしてしまったのになぜか社会は安定しているように見えていて、ゆっくりと昔の姿に戻そうとしているのはわかる。野球やサッカーも再開しているし、多少感染者が現れても、消毒したら再開する。こうやって、少しずつ少しずつ、どきどきしながら平常を取り戻そうとしている。ほとんどの学校だって秋から通常モードに戻そうとしているようだ。そう、拡大の防止対策をしながら、前に進んでいかなければならない。ごく一部の人たちは、緊急事態宣言下のような生活を逆に望んでいるらしいが、放っておけばいいと思う。社会があって人は生きられるが、人が動かないと社会はない。オンラインコミュニケーションは進んだが、人との接触を避けるためのものではなく、むしろ今後の社会インフラとして活躍していってほしい。長い歴史の中で電話が登場したけれども、人々は出会う。レコードやCDが登場しても、人々はライブに夢中になった。どこまでいっても、人は、人と接触してはじめて生きられる。

この社会の激変期に、日本の政権が変わるという話。社会とはバランスそのものだと思う。中国のように一党独裁で、不安定なものを根こそぎ抑え込むやりかたも、安定の一つだと思う。一方で、日本のように、あいまいな空気を前提に、不安定な骨組みが、よくわからない力で安定することだってある。それが先の政権だったように思う。7年8か月。長い。ここまで続いたのは、不安定な社会においてプラットフォーマーであったから。先の政権の謎の安定を前提に、社会は謎の成長を遂げてきたように思う。すべての闇を飲み込む不思議な不思議な期間だった。

私は学生の頃心理学専攻だったので少しだけ知識があるが、家庭内不和のカウンセリングで例える。母子家庭で二人姉妹。母は上の姉を溺愛し、下の妹を虐待していた。この三人の関係を修復するために、普通は母と妹をカウンセリングするだろう。二人いっぺんだったり、それぞれの話を聴いたり。しかし、ここで行うべきは上の姉だったりする。上の姉の支持を得たいがために、母は妹を軽く扱っていた。姉は妹に母を取られたくない。こんな具合に、母と姉はプラス、母と妹はマイナス、姉と妹もマイナス。全体の掛け算で、プラスになると、奇妙にも家庭は、安定してしまうのだ。しかし、マイナスが大きいと、ある日、事件が起こってしまうということもあり得ることで、そうなるまえに介入する。介入するのは実は、この奇妙な三角形の安定を壊すためである。

カウンセラーがこの三人の社会に入り込むことで、三角形が四角形になる。カウンセラーのことを母や姉や妹がどう思うかはわからないが、三人とも知っている人が現れることで安定したいびつな三角形が動き出す。だから、単にマイナスをプラスにすることだけが、カウンセラーの仕事ではない。

先の政権による社会の奇妙な安定に、前段の例えが一致する。なぜ社会はこんなにいびつなのに、政権はこんなに長く続いたのだろう。そして終わったのだろう。それは大きなマイナスを支えることが、肉体的にも精神的にもできづらくなったのではないか、と考える。

辞任会見直後は、社会は沈黙した。どう受け取っていいかわからなくなったからだ。しかし週末をはさみ、来週月曜日になったらかなりの喧噪が始まるだろう。永遠に続くと思われたプラットフォームが無くなるというのは不安定を生む。不安定になることによって、いいこともある。いびつであったことを修正するチャンスだ。同じような政権がいずれ発足するのかもしれないが、先の政権が耐えられなかったのに同じ機能を持つ政権が更に持つのかどうか、私には懐疑的だ。今は、不安定さをあいまいにし安定化させる機能より、不安定さを突き詰め、安定に変えていく機能の方が求められると感じる。

来週から社会がどう動くか、つぶさに観察していきたいと思う。