orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

思い出話も20年前のことまでにした方がいいんじゃないかという仮説

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仮説

私は、「私が新人だった時・・」という書き方をよくしていて、このケースを考えるとちょうど20年前ごろなんですね。20年前と今では時代が様変わりしているのですが、しかし20年前から見て現在の地平までを考えるのは価値がありそうです。どういうふうな変遷を辿って今に至るのか。あんな時代もありこんな時代もあり。過去を学ぶことでここからの20年のための指針も学ぶことができます。

一方で。40年前はどうでしょう。1980年です。高度成長真っただ中。このころに新人だったとすると63歳~65歳くらいですね。この頃の方が「私の若いころは~」と言おうものなら、「老害!」なんて拒否感を示す方もいらっしゃるのではないでしょうか。

これは、40年という時間を経て、今と言う時代とは断絶してしまったのではないかと考えています。そもそも思い出す本人すら記憶もおぼろげです。そのころの常識を熱く語ろうものなら、若い人は今の時代とのギャップにおののき、「ああそうですか」と生返事を返してしまうのではないでしょうか。

20年前なら金言、40年前なら老害。私は、「思い出話も20年前までのことにした方がいいんじゃないかという仮説」を提唱してみたいと思います。

 

考察

今、45歳リストラ、という言葉はとても有名になってしまいましたね。

 

www.orangeitems.com

 

去年、このブログにてこの記事を出した後、かなりの反響がありその後、世の中が45歳という年齢を特別なものと捉えだしたと理解しています。

以来、45歳リストラについていろいろと考察を重ねてきました。

この45歳という年齢。大学卒の基準で見れば、20年前がちょうど新人の頃だったということに気が付きました。

昔の思い出、実績、成功体験を持って働くのは、20年以内しか賞味期限がないのではないかと考えました。

もし若いころで成長がストップし、そのまま時を重ねてしまった人は、そのまま「老害化」してしまうのではないか、と。

今日、この話題を見て気が付きまして。

 

b.hatena.ne.jp

 

菅直人氏、現在73歳が、1970年を語るということは50年前です。

これはもう、時代の分断が起き、「私が若いころは」はもう仮説上、完全に老害的意見として扱われざるを得ません。反応もそのように見えます。

 

45歳。どうすれば老害にならずに済むか。

仮説の裏を返せば簡単です。

20年前以上のことをむやみに語らないことです。

教訓化しないことです。事実が確かであれば淡々と語り、そこに評価をしない。

20年前以上のことを根拠に、何かを主張しようものなら、たちまちジェネレーションギャップが起きる。それはその時の時代背景ありきで、今はそうではないだろう、と。権力を持ってマウントするな、と。

それ以上前のことを振り返らないこと。つまり、例えば50代なら、30代のときはこうだったということはまだ範囲内です。60代なら40代以降のことを根拠にする。

この20年という周期は、今後また変わっていくのかもしれませんが、現時点では頭に入れておくべき概念ではないかと思います。

一方で20代や30代が老害化しないのは、20年前以上の記憶がないから、と言えます。

常に20年以内から根拠を拾いつつ新しい経験をどんどん積み重ねて、最近のことを根拠に物事を考えていけばいつまでも老害化しない新鮮な発想を持つことができるのではないか、と考えます。

このブログ、「私の若いころは」シリーズも、あと数年後にやっちまうと、老害ブログの仲間入りになりそうな気がして怖くなってきました。

「思い出話も20年前のことまでにした方がいいんじゃないか」という仮説を参考に、今後書き方を考えていきたいと思っています。