orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

JDIの盛衰・トヨタの危機感に見る、技術サイクルと社会人生活のギャップ感

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JDI再建、不透明化

JDIの中国・台湾からの支援策の不透明感が色濃くなってきました。

 

www.asahi.com

経営再建中の液晶パネル大手ジャパンディスプレイ(JDI)への出資で基本合意した中国1社・台湾2社でつくる企業連合のうち、台湾の1社が出資の見送りを決めたことが14日、わかった。JDIの経営が想定以上に悪化していることなどから、出資をめぐる条件が折り合わなかった。中台連合から出資を受ける計画に狂いが生じたことで、再建の行方は一段と不透明になった。

 

もともと、この支援策ありきで経営再建策を作ってきましたので、執行がされないこととなった場合明晩に債務超過入りすることが懸念されています。

このあたりの分析は他の記事に任せるとして、JDIを通じて「はたらくこと」について感じたことを書きたいと思います。

 

考察

以前、このブログでJDIのスタート時の様子をまとめた記事を作成していましたので、紹介します。

 

www.orangeitems.com

もうすぐ8年目となるジャパンディスプレイですが先行きが見えないどころか、瀬戸際の状況にあります。どれぐらい瀬戸際かについては各種記事に譲るとして、発足当時の強弁を見ていきたいと思います。

 

JDIのおおもとをたどれば、日立、ソニー、東芝の名門大企業に行きつきます。資本に官民ファンドも入っていて、発足当初は相当な意気込み、誇り、夢があったのだと思います。

私が社会人になったころはまだブラウン管のディスプレイが全盛でした。机をかなり占有するのと、しかも背面から熱い空気が出た思い出があります。オフィス全体が熱いんですね。ディスプレイとパソコンの熱気で。

西暦2000年を過ぎた辺りからオフィスのディスプレイに15インチのディスプレイが入り始めました。ただ初めのうちはVGA(アナログ)入力だったので、アスペクト比がおかしかったり色味がおかしかったり、文字がつぶれたり、横から見ると見にくかったりと今のディスプレイからすればオモチャのような品質でした。解像度もXGA (1024 x 768)でした。ただ、薄いし熱は持たないしで、感動しましたね。机が広くなりました。

そこからどんどん液晶ディスプレイが使われだし、Nintendo DSがリリースされたり、iPhoneが出てきたり、PSPが出てきたりで液晶ディスプレイの利用シーンがどんどん広がりました。一方で、リビングのテレビについては、プラズマ vs 液晶のような技術論争が起こって、結局液晶が勝者となりました。

プラズマ押しだったパナソニックが大赤字を出しながら液晶に転換したのを覚えています。

ということで、ロスジェネの私からすると、社会人に入って、その途中で液晶ディスプレイが花開いているということになります。

私の同期は、おそらく日立やソニーや東芝に入社し液晶ディスプレイを作りたいと志望したわけではなく、きっと会社から配属されたに違いありません。

で、世の中で液晶ディスプレイブームが起き、自分の持つ技術が社会の役に立っているという実感を濃くしたと思います。しかも超一流の大企業に所属しているわけで、人生は安泰であると思っていたに違いありません。

ところが2010年に入り液晶ディスプレイ市場の雲行きが怪しくなります。サムソンの台頭など海外勢が安いコストで液晶ディスプレイを作り始めてしまったのです。市場の雄であったシャープは巨大な赤字を2012年に出し、最終的には鴻海傘下となるまで経営危機が続きました。日立、ソニー、東芝が液晶ディスプレイ事業を切り離しJDIを作ったのもこの頃です。

ところが、この安い競合に加えて、ダブルパンチで有機EL技術が登場します。ここ最近ではハイエンドのディスプレイは有機ELで、液晶ディスプレイはローエンドという扱いになってしまっています。有機EL技術が進化すれば液晶ディスプレイの活躍は限定的なものになると言われています。

この歴史を追っていくと、1990年代後半に社会人になり定年(65歳)まで勤めあげる、と考えた時、だいたい43年ぐらいですか。自分のコアだと思っている技術がずっと第一線であるとすればそれはとても幸せなことではないかと思うのです。例えば電気、ガス、水道、建築技術など、社会インフラに近いものは技術の進化はあったにせよ代替技術は現れていないように思います。この分野に入社し積み上げてきた技術者は結果的に幸せだと思います。しかし、今回の液晶ディスプレイもそうですし、例えばPHSという技術もなくなりました。デジタルカメラの市場もスマートフォンにさらわれました。入社して身に着けた技術が定年まで持たない。そんなことが起こりやすくなっているのではないかと思います。

不運にも、自分の持っている技術が活かせない社会環境が訪れてしまったとき、定年の年齢まで何をすればいいか。それが実は社会の抱える大きな問題ではないかと思うのです。技術革新のスピードがあまりにも早くなってしまったので、人間のライフサイクルとキャリアプランにギャップが生まれてしまっているのです。例えば、JDI内部にておそらくキャリアプランシートのような、将来計画を書かせるような制度があったのではないかと思います。しかし、会社が液晶ディスプレイを製造すると決めてしまっているために、どんなキャリアプランも意味をなさないのです。今回の資金繰りがうまくいかなければ会社自体が運営できなくなってしまうのですから。

そう考えると、自分の仕事の内容は「会社と関係なく」定期的に振り返らなければいけません。もし、将来性のない事業を会社がだらだらと続けていて、そこに所属していたとします。そこで考えるべきは、今までの強みを活かして別のビジネスに早めに異動することです。会社内に異動先があればまだいいでしょう。しかしない場合は、転職を考えなければいけません。かつ、年収が落ちるのは受け入れなければいけません。異業種なのですから。もしくは他社であればその技術がまだ活きるのであれば早めに動くべきです。

何しろ、技術は未来永劫使えるものではない。その動向を見ながら最善策を主体的に選んでいかないと、技術が捨てられると同時に会社から自分が捨てられるか、会社自体が無くなってしまうかのどちらかでしょう。

技術の寿命より、人間の寿命の方が随分長くなってしまったことにより起こっている現象と理解してください。

 

トヨタが訴えることと同じ

製造業の王様トヨタ自動車が、役員を含めて報酬を減額するニュースがありました。

 

www.nikkei.com

変革期に対応するため、トヨタは19年の春季労使交渉で経営トップと従業員との間で、会社が置かれた状況について議論を重ねた。しかし組合員だけでなく、役員や管理職の間に十分な危機感がない点が課題として浮き彫りになった。豊田社長は「生きるか死ぬかの戦いで、トヨタが死ぬのは『社内に大丈夫』という意識がまん延した時だ」と強い危機感をあらわにしている。

 

技術には寿命があり、企業の変革ができず今のままで大丈夫という雰囲気が蔓延した場合は、トヨタすら危ない。そういうことをおっしゃっています。まさに今回お伝えしたいことが含まれています。一気に電気自動車や自動運転の流れが強まり、今の自動車技術が一気に陳腐化することの危機感を持てということだと思います。特に今の時代、技術革新のスピードが速まっていて、勝ち組にこそリスクが増大していると言えます。

個人レベルでも、自分の持つ技術がいつ陳腐化してもおかしくないと危機感を持ち行動していかなければいけない、ということです。わたしたちの定年がいつになるかはわからないのですが、生きている間は、もがきつづかなければいけないなと思う次第です。