orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

忙しさに追われていると感じたら、一度全部やめてみるという試み

 

日々の生活は安定していて、しかも好奇心を根拠にいろいろ趣味に手を出していて、ふと気づいたことがあった。忙しい、と。同時進行で物事を進められる自分の性質から、あれをやってみよう、これをやってみようと、日々手を動かし続けていたら、ちょっと違和感を感じた。全体の時間を通して休みというか緩みのようなものがないのである。

これは、数が多すぎたな、整理する必要があるな、と感じた。一度に人がやれることには限りがあって、限りを超えた場合にがんばれば、何とか出力できるのだけど、疲れる。

この疲れを置いたまま、また無理矢理まわしていると、この疲れが、より理解できない不調のようなものにつながる、気がした。

気がしただけなので、まだ特に問題が発生してはいないのだが、こういう予兆のようなものはとても大事だ。特に年齢を重ねたら。若い時は気合で乗り切れるが、若くないと突然乱れるので、無理だと感じたら一歩引くことは非常に生きる上で大事だ。

自分の生活を充実させようとして、変化を作ったり新しいことを始めたりは常とう手段だが、何かを始めるために、最終的には何かを捨てないとこのように、あふれてしまい自分自身が疲労し、それぞれやっていることの品質が悪化し、全てが楽しくなくなってしまうところまで行く。

これって、最近「スマホ疲れ」と言う言葉を聴くが、それと似ているのかもしれない。常に何かをしていないといけないという気分になり、脳が休む暇がない。寝てある程度は回復するものの、起きているときも、休みは必要だ。

仕事して、休みがあって。その休みを充実させようといろんなことを始めて、一週間を見ているとずっと何かをしていて、真の意味で休めてない。それが慢性的に続くと、身体や精神への不調につながる、というのを何となく体感したような気がする。

 

こういう状態に陥ったときにできることとしては、「一度全部やめてみる」というのは面白い。全部。ただ、全部はやめられない。ご飯は食べなきゃいけないし、お風呂は入らなきゃいけないし、睡眠はとらなきゃいけない。仕事はしなきゃいけない。いろいろ生きて行く上でやるべきことはある。

それらは、やめない。しぶしぶやる。やめたけどすぐ開始する。

それ以外のことをやめる。本当にやらなきゃいけないことだけをやる。そうやって、最低限のやるべきことだけ残してやる。

しばらくの間それで余裕ができるはずである。何もしないで椅子に座ってる時間も生まれる。その時間の間に、こう思うはずだ。ああ、今まで何をやってたんだろ。やり過ぎたな。要も不要も全部抱え込み、全部やった上でまだ何かやろうとして、不完全感ばかりを感じていた。本当に必要なことを整理しよう、と。

そう、この時間こそが、重要なのだ。寝ている間はこの情報処理ができない。起きている間はせわしなく活動するものだから、整理整頓する時間がない。

整理整頓しようと思うのではなく、まず始めに、やめてみること。全部やめた!と一度思うこと。まずはそこからだ。