orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

適当に情報をまとめて報告書を作るような仕事がどれぐらいあるか

 

AIというか、大規模言語モデルがどんどん進化している理由として、

「適当に情報をまとめて報告書を作るような仕事」がめちゃくちゃ多いからではないかと考えている。

この、「適当に」というのがポイントだ。機械はいつでも正確にロジックに基づいて答えを返してくれるのだが、決まり決まったことしかできない。それ以外は人間の領分、ということで、社会にはこの仕事をする人が溢れかえった。

工場では、最早人手を使う仕事は限られ、あらゆる部分が機械化されている。それでもできないほんの少しの部分に人間が関わっている(それでも力仕事ではあるが)。

その分オフィスに人が集まり、会議だ雑談だ、メールだチャットだと、いろいろと話をしているがやっていることの結構な部分が「適当に情報をまとめている」ことである。

なぜこの適当な仕事が価値を持つかというと、外面からは適当かどうかわからないからだ。そして人間は、会社は「専門家」ぶろうとする。専門家いわく「こうこうです」と。なぜそう考えるかは専門的見地に基づいています。

それを受け取った人が、満足すれば価値になる。そういう繰り返しは、仕事ではよくある風景だ。

この分野に、AIという黒船が飛び込んできたというのが今回のトピックとなる。

一番困るのは誰か。風呂敷を広げて専門家ぶっていた人だと思う。自分の答えがAIの答えと完全一致したときに、結局それは専門的知識ではなく、単なる受け売りだったということになる。何らかの「ネットにもないような」深い経験の数々から導き出した答えではなく、ごくごく一般的な情報と思索で得られることを、さも専門的に価値のあるように表現する・・・どこぞのプレゼン発表ではないが、言い方で脚色することを生業とするような仕事は、消え去ると思う。

それって、AIでも作れるよね・・と。

 

受け売りと、脚色で成り立ってしまっていた一部の仕事は消え去る。

ま、私はそれでいいと思っている。随分、お金がそれで動いていたなという感想はある。でも、人間がやるべきことは本来そこじゃなかった。

人間は、経験を積み、そこで得られた知識から、新しい発想をすることができる。その経験がAIが持つデータに無ければ、十分AIと戦える。専門的知識だけで張り合うならきっとAIとは戦えないが、現場に落ちているのは「専門的知識によって練り上げられた複雑系」なのだ。そこを読み解くことはまだAIには難しい。いろんな事情で現場はできている。現場で複雑な経験を得ていくことは、AIと差別化する。この状況でここなら、こういう判断をするのが適当だ。それができるのが人間の素晴らしい機能であると思う。

AIと人間は違うのだ、という前提を立てるより、人間にもAIと同じようなことができるしむしろ上位互換だと考えた方が希望が持てる。AIにもコストがかかるし、AIさんという人格を100%信用することはできない。でもA君もB君も、信頼関係を醸成することはできる。だから、AIに任せるよりA君やB君を育成したほうが効率的だ、という考え方ができる。

逆に言えば、AIにすらできるようなことしかしていなかったC君は、この先まずいよね、みたいな話になる。

こうやって筋道立てて考えると、人間はより、実際の経験を優先するべきだ。そして、適当に情報をまとめるのはAIにやらせて、その結果を得ることによって経験による学びを強固にすればいい。人間とAIはちっとも排他的ではない。恐れる必要もない。この状況を踏まえて毎日多くの実経験をしていくことが、これから人間にとってものすごく大事なことになると思う。