orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

外に出かけよう、ネットの外にヒントがある

 

家の中で十分に仕事はできる。オフィスにたまに行くも良し。

でもそれだけでは圧倒的に足りない。

過去、オフィスの中に引きこもる社員に、「お金は会社の中に落ちていない。外に行け。」と発破をかける文化があった。

会社の中で社内調整に明け暮れ、仕事をしている感はあったとしても、それは会社の中でお金が右に左に動いているだけで、俯瞰すると会社のお金は減っている。

結局は営業活動とは、会社の外にある顧客のお金を社内に移動させ、その対価として顧客にモノやサービスを提供することを意味する。

デジタル化によって、手続きやお金の移動そのものはかなり効率的になった。情報もネットにたくさんある。あるけれども、世界そのものかというと、全く違うと思う。世界の一部に過ぎず、またウソもたくさん含まれている。

実際に人に出会ったり、新しい場所に行ったり、自分自身を動かして新しい場所に飛び込み、そして情報をつかむ、ということについて随分、人々はコロナ禍によって感覚が等しく衰えたと思う。

今ここで為すべきは、動くことだ。ネットの世界が描き切れない世界を、実際に生身の人間が動いて確認しにいくことで得られる情報。この情報の集まりをデジタルで解析し新しいモノやサービスを生み出すというワークフローこそ、次世代のプロダクトを生み出すと強く信じる。

積極的に外を歩いたらわかる。かなりここ数年でデジタル化は進んだ。いろんなことがスマートフォンとインターネットで完結する。やたら方法はまどろこっしく、もっと改善してと思う事はあるが、初期の混乱は抜けたと思う。とにかくデジタルの方法は提供されるようになり、後は便利に利用していけば地道によくなっていくだろう。

ただ、便利になったことと、革新的なプロダクトができることとは全く違う。便利になったインフラの上に、何か新しいものができるとしたらネットの外にしかない。外にある。そう聴くだけでワクワクすることができたら良いことだと思う。

今日もネットを探して探して、でも新しい世界に出会えず今日も失望している人はいると思う。つまらないな、と。探せばコンテンツはたくさんあるので横のモノを見ていくも、何か物足りない。

ここ数年のコロナ禍と、サブスクリプションの広がりで、随分人々は過去のコンテンツを漁り尽くしたんじゃないか。でもそれは、有限だ。無限に思えたのはその量のため。しかし優れたものは有限だということを強く感じたのではないか。

ネットの外にあるものを、ネットにつなぐだけで新しいプロダクトになりえるので、まずはネットの外、つながっていないものを見つけに行かなければいけないというロジックはもっと、人々が気を付けていいと思う。まるで、ネットをずっと見ていることで世界とつながっている感覚があるかもしれないが、錯覚である。メタバース?、そうじゃない。リアルワールドをもっと見たら、ネットよりももっと複雑で豊かな世界が広がっている。もう一度、外に出かけよう。ネットの外にヒントがある。