orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

活動量のキャパシティーを増やすためには

 

活動量を増やしたいという悩みを読んだ。

 

anond.hatelabo.jp

土日休みならどっちかは家から出たくないし、一日に2個以上予定入れたくない 平日は定時出勤定時退勤7時間勤務なのに別にそれ以外なにもしていない

世の中のみなさんは疲れないんですか?疲れるけど気力でどうにかしてるんですか?

どうしたらキャパ増やせるか教えてほしい

昔から運動は嫌いだけど、学校ほぼ休んだことないような子どもだったから極端に体質が虚弱ってことはないと思うんだけどな

 

この悩みの第一印象は「出たくない」「入れたくない」と言っているなら、それが根本の欲求なのではないか、ということ。その欲求に従っているので現状で満足すべきだと思う。それなのに、

 

活動量のキャパが狭くて困ってる

 

というタイトルになっている。自分の欲求が明確でかつそれを実現しているのに、なぜ困るのだろうか。

これはきっと、世の中にたくさんの機会やエンターテイメントがあって、それにも参加したいという欲求が別にあるんだろうと推測する。

自分がこういう性格だから、そんなものに参加する余裕はないんだと言い聞かせながら、でも「いや余力があれば参加したい、自分は人生で損をしているんじゃないか。」と言う裏メッセージが含まれていると思う。

 

認知的不協和、という言葉がある。

 

solution.lmi.ne.jp

認知的不協和とは、自分の思考や行動に矛盾があるときに生じる不快感やストレスのことを言います。人は認知的不協和の状態に陥ったとき、この不快感やストレスを軽減させるために認知や行動を変化させます。

これがアメリカの心理学者、レオン・フェスティンガーによって提唱された「認知的不協和理論」です。

 

「疲労困憊になりたくない」という認知と、「外で楽しいことがあるに違いないのに参加できていない」という認知が、同時に起こっていて不快感やストレスがあり、それをきっと匿名でネットに書き込むことによって何らかの解決を試みているのだろうと思う。

これに「私もそう!」という意見が集まると、一旦は心は休まり「外で楽しいことがあるってのはSNSやメディアの洗脳だよ」という言葉で落ち着くかもしれない。

でも、タイトルが物語っている通り「活動量のキャパシティーが増える」ことの方が根本的解決のように見えるのだがどうだろうか。

 

さて、あとは個人語りである。

はっきり言って、疲労困憊しようが、外に出てみればいい。予定を入れてやってみればいい。そしてどういう感覚になるか経験してみればいい。

予定と言ってもいろいろある。使う体力も精神力も様々だ。一度やってみて、こりゃつまらん、疲れるだけ、面白くない、と思ったものはもうやらない。その失敗することそのものも財産となる。もう、たくさんいろいろやった上で、これはずっとやってみたい、継続してみたい。そういう疲労すら超越するほどの楽しい体験・経験を探しに行くことが休日の醍醐味であると私は思う。

時に休むのはもちろん大切で、精神的にも肉体的にも健康でないと、何も楽しめない。ただその事柄だけを捉えて、土日に何もしないことが固定化するのはもったいないと私は思う。休みすら献上するほどの楽しい体験は、人によって様々種類が異なる。そしてやってみないとわからない性質もある。だからこそ、バランスを取りながら時間と資金がある限りどんどん挑戦していくのが私はいいと思う。

繰り返すが、つまらないことは二度と人はやらない。そして、選択肢は無数にある。だから、試行錯誤の繰り返しである。そうやって土日の度になにかチャレンジすることで、土日にやりたいことが決まり、何かやっている人になれる。

・・・別に活動量のキャパシティーが大きいわけじゃない。疲れを忘れるほど楽しいからやってるだけだよ。

というアドバイスを思いついた。