orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

自由の横暴が取り締まられ始めた?

 

最近、こんなパターンが増えていると思う。

 

①「何をしても自由であるべき」と考える人々が、自由を拡大解釈し、多くの人々へ被害を広げ始めた。

②「何をしても自由であるべき」のうち、明らかに横暴である部分を、「権威」が告発し、制限し始めた。

③制限された「何をしても自由であるべき」と考えた人が、大きな声で「自由の侵害」を訴え始めるも、大衆から賛同を得られず、逆に社会的に糾弾され始めた。

 

よくよく考えてみればわかるが、全人類が全て自由を主張すると、利害が衝突する。資源は限られているからだ。だからこそSDGsなんて概念が叫ばれ始めた。このSDGsが実は、このパターンの契機だったのではないか。例えば暗号資産(仮想通貨)が維持に大量の電力を消費していて、かつ運用が不透明で最近やり玉に挙がっているが、それも同様だ。ここ最近、大きな取引所が破たんした。

過去、自由を拡張するために生まれたいろいろなものが、どんどん見直されている。自由とは言いながら、特定の個人や組織が意図的に自分の権利を確保するために好き勝手やってたんじゃないか、と。自由に見えて裏で操作を加えていて、特定の人の自由が守られるためのものだったんじゃなかったのか、と。

結果的に「自由こそ正義だ!」と強弁していた人たちが、自分たちが自由を得るために、色々裏で好き勝手してきた。インターネットですら社会ですらかなりの仕組みが、裏で操作されていた、と言われている。

そして、その裏事情がどんどん暴露され、作られた自由でハリボテで、そしてその裏で暗躍し自分たちの自由を作り上げていた個人なり集団がいたんだという流れ。それが、今まさに色んな方面で炸裂していると思うのは私だけか。

そもそも自由なんてないんだ。地球上の人々がお互いに譲り合って制限しあって生活するしかないんだよ、という当たり前の話に向かっている気がする。自分の身の回りで制限が増えて来たと思うなら、それはその証拠である。

なぜこういう世界になってしまったのか、というのは考えても分かる話じゃない。人間は個々は別々の生き物なんだけど、共通の意識を底辺で持っているという考え方がある。今や、同時に皆が気付いたということなんだと思う。もう「ずるい」人は、どんなに声が大きかろうと退場させないといけない。そうじゃないと、地球は持続可能じゃなくなっているんだ、と。

結論として、もう、みんな自由じゃない。

皆SDGsを受け入れてしまっているだろう。

 

何が書いてあるかよく読んで欲しい。

 

1 貧困をなくそう
2 飢餓をゼロに
3 すべての人に健康と福祉を
4 質の高い教育をみんなに
5 ジェンダー平等を実現しよう
6 安全な水とトイレを世界中に
7 エネルギーをみんなに。そしてクリーンに
8 働きがいも経済成長も
9 産業と技術革新の基盤を作ろう
10 人や国の不平等をなくそう
11 住み続けられるまちづくりを
12 つくる責任、つかう責任
13 気候変動に具体的な対策を
14 海の豊かさを守ろう
15 陸の豊かさも守ろう
16 平和と公正をすべての人に
17 パートナーシップで目標を達成しよう

 

まさかこの流れで、自由の横暴が取り締まられ、皆が制限を共有するようになるとは誰も思わないだろう。でも、そういうことなのである。

これは、自由の話でなく、制限の話なのだ。