orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

仕事における「やる気」の話

 

こんにちは、忙しいふりをするおじさん社員です。

・・・というのは冗談だが、こんな記事があった。

 

president.jp

日本人は勤勉と言われている。だが、それは本当なのか。同志社大学の太田肇教授は「仕事の分担や責任範囲が明確でない日本企業では、『やる気』が評価される組織風土が定着している。私はそれを『見せかけの勤勉』と呼んでいる」という――。

 

うーん。私は忙しいふりをする若手社員もいると思うんだけど。

ふりっていうか、能力不足で仕事のスピードが遅くて、そのため忙しくなっているという感じかな。

忙しいからやる気があるとは思わないし、仕事の成果なんて見ればわかるじゃないかとも思うのだけど。

この著者が想定している、人事部門が人事権を掌握し、現場には権限がないから、抽象的なやる気みたいなものを現場で体現する演技をすることで、無駄な仕事がはびこる、ってシナリオ、今もって当てはまる会社があるのかしら。

さすがにそんなことやってたら、世の中の競争からどんどん遅れていくと思うんだけど・・。企業の成績なんて、仕事の品質の成果だから、演技だけで売上は立たないと思うんだよね。

そもそも、本当の意味でベテランになると、業務スピードが並みの人の数倍数十倍は早くなるので、その点で忙しさはなくなる。ただ集中しているときの手の動かし方が速い。で、スマートにやった結果、空き時間を得て、その間にいろいろ成長のために必要な要素の情報収集や習得、未来の計画などを考えていくんだけど、そういうのって、忙しいふり、なのだろうか。

本当の意味で忙しくなると、チャレンジも何もあったもんじゃなくなる。目の前のことに集中しないといけない。そればかりをまわす日々になると、戦略性がなくなるから、うまく行っている間はいいけど、うまく行かなくなると途端に手が回らなくなる。

だから、忙しくないというのは、ビジネスの継続性から言って健全なことだと思う。たまに忙しくなっても、ちゃんと片づけて暇に戻る。それを繰り返せる組織が強いんじゃないかな。

ちなみに、私の周りには「ワイガヤ」の会議なんて一つもないけれど。会議でやる気のあるふりを見せないと出世できない会社、やっぱりあるのかな・・。あったら残念だと思う。会議でディスカッションするぐらいなら雑談やチャットの中でリアルタイムで決めていきたいものだな。会議なんて伝達が全てであって、議論何か発生したら、9割の人が迷惑なんだよね。二人でやれよみたいなことが多い。

さて、日本人が本来の意味で「やる気」がないかって話だけど、食べていくためには仕事をしなければならず、そして仕事は評価されるほど給与も高くなるし、偉くなった方が振り回される上司の数が少なくなって好き放題できる。だから、やる気があるかに関わらず、仕事にはポジティブな方が、人生の多くの時間を使う仕事においては、楽しいし楽だし、だと思うのだけどどうか。

というか、今頃「やる気」なんて言葉を使う人が周りにいない。気持ちで仕事に差が出たらいかんだろ・・と。仕事は手段であって、よりよく生きたい、という意味なら、日本人は誰しもそう思っているんじゃないのかな。

経済大国から凋落した原因は、少なくとも「やる気」じゃないと思うね。むしろ、全体主義みたいなもので社会が選択したその選択が、間違ってただけなんじゃないかな。私なんかは、性格的に多数の裏をかいたことばかりしかしてこなくて、その結果その裏の方で正解、みたいなことばかりが多かった。

それは、「今も」なんだけれど。