orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

競馬場にいる人々のこと

 

別ブログ(書いてる人も別)の件で毎週東京競馬場に通っている。

毎週ってすごい頻度だと思うが、まあ遊ぶからには振り切れたほうが楽しいというのが信条である。

その様子は上記ブログで見ていただくとしても、そこでの発見は、人、である。

強調しておきたいこととして、一人で入場されている人がかなりの人数いる。競馬場というと去年までのCMで、若い人が5〜6人つるんで、陽キャがわいわいするイメージもあると思うし、そういう方々もたまに見かけるのだが、全体からすれば少数派のように見える。かなり一人の方は多い。

あるレースが終わって、馬場からパドックに戻る最中に私は、同行者と会話をしていた。

「あの馬が来るのを買える人ってすごいよなあ」

とでも言ったと思う。突然、同じくしてパドックに向かっていた、一人の老人に突然話しかけられた。

「すごいだろ!、あたったぞ!」

めちゃ興奮してて引いたのだが、その手には確かにそのレースの当たり馬券があった。

おお、すごいねえ、となんとなくやり過ごして老人と別れたのだけど、よくよく考えると、当たった彼は、当たったという感情が内面で爆発しているのに、誰にも伝えられなくてもやもやしていたんだろうと思う。

競馬場にいると、そういう、思念みたいなものがふわふわ漂っているように見える。人によって当たったり外れたりはしているけど、最近の競馬場はあんまり大きな声を挙げたりしない。コロナ禍の影響が色濃く、みんなマスクもちゃんとしているし、そして感染対策に人それぞれ気をつけて、紳士的に対応している。そして、それぞれでいろんな感情を内包しつつ、一人の人も多いものだから、結構な量の様々な思いがブレンドされて競馬場を包んでいる。

また、子供連れが非常に多い。子供って、馬券も買えないし、親が当たったところでどうでもいいし、競馬そのものはエンターテイメントではないと思う。始めは、景色もいいし馬も迫力あるしで興味を持つけど、何レースも帯同してたらつまらなくなって当然だと思う。

競馬場の中には、子供が遊ぶ施設もあるし、託児所もあるが、例えば妻が子供をそこに連れて行くとすれば妻は競馬ができない。夫が競馬をするために妻が犠牲になり子供は遊ぶとすれば、あまりよろしくない。結構競馬と家族連れというのは、バランスが難しいと思う。

ただたまに、子供の中にも競馬に対して、恐ろしくポジティブなタイプがいる。馬のことについて洞察をしていたり、競馬そのものを理解しようとしている子も中にはいた。結局のところ子供であっても、個性は様々あり、中には競馬そのものに対して非常にフィットする場合もある。だから、一義的に、子供は競馬をつまらないと思う、という決めつけもいけないもんだな、と感心したことを思い出した。

競馬場で、競馬を見るのはもちろん楽しいし趣味だ。ただ、どう考えてもあんなに人が一箇所に集まっていて、しかもほとんどの人が同じものを見に来ていて、ああだこうだと思索していることなんて、ない。微妙に目的も違うし、食べるご飯だっていろいろなのだが、でもレースが始まればみんな注目するし、反省もする。人々の一喜一憂を見ながら、いろんな人生を想像し、そして自分を考える。そんなひとときを毎週過ごすのは楽しくて、多分また、今週末競馬場に行くと思う。