orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

Twitterに対する違和感を言語化してみた

 

なんとなく気づいたんだけど、フォローしていない人のツイートやリツイートが「よく」タイムラインに流れてくるようになった。その基準が、フォローしているアカウントがフォローしているアカウント、で、いいねが一定数ついたツイートが流れてくるようだ。前からもそうだったのかもしれないが、最近はそれが目立つ。

自分がフォローしている人のフォローは、ある程度趣味嗜好が似ているからという判断だろうか。いつからこんなに目立つようになったのだろうか。

とても、ありがた迷惑な機能だと思うんだけど。友達の友達はみな友達理論なんだろうか。友達の友達は、友達じゃないよ。

一応、興味がないという意思表示ができる機能があって、減らしてくれい、とはアプリ上で表現できるようだが、そもそも表示すんなよ、みたいなことを思っている。

Twitter社は何を目指しているのかな、と思うことがあるが、きっと、ツイートの拡散力を高めたいのだと思う。いいねやリツイートがたくさん付いたツイートを、無作為にタイムラインに載せると相当にユーザーから苦情が出た。だから最近は、フォローしている人がフォローしているアカウントのみに絞ったのだろう。

最近、TwitterというSNS自体の能力やビジョンに疑問を持ち始めていて、これは何のためにあるんだろうか、と。自分の考えにおいてメモ代わりにツイートすることが多かったし、それはそれで意味があったのだが、どうも「いいね」の数を争うような場所になっていることに気が付きつつある。別に「いいね」があろうとなかろうと情報の中身には代わりがないのにね。

たくさんの人に支持されるということがそんなに価値があることなのだろうかと、立ち止まって考えたくなることがある。たくさんの人じゃなくたって、一人だけでも伝わり、それが重大であることもあり得るんじゃないかと。単に、知名度だけの問題で、もっと素晴らしいものが路肩に転がっているんじゃないか、と。

だって、たくさん、いいねをもらっているもののそれが、いいね、とは全然思わないから。どういうテクニックでそうなっているのか、としか最近思えなくなってしまった。

誰かとお付き合いするときに、その人がどれだけ「いいね」が付きそうな発言をするか、なんてことを判断材料に人の評価をするって、やはり歪んでいると思う。少なくとも目の前の人に「いいね」と思ってもらえたらいいんじゃないか。後はもともとコントロールできるものでも可視化できるものでも無かったはずだ。

そういうことになんとなく気がついてTwitterを辞める人もいるようで、まあ私は辞めるまでのモチベーションはまだないが、もう少しこの仕組みの変化を見てみたい。どうにも、いいね、が良くない。