orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。


勉強について考える 暗記が先か理解が先か

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知る、ということについて巷と温度差を感じたので下記ツイートをしました。

 

 

私は四十代ですが、我々の勉強の方法って暗記することの比率が非常に強い時代だったように思います。教科書に書いてあることどころか参考書にしか書いてないことまで全部丸暗記し、試験に臨むというのが一般的でした。だいたい、教科書に載ってないことをテストで問うなよと当時は内心怒っていたのですが、仕方ないので参考書に頼って勉強していました。いろんな教科書の会社があったり副読本みたいな資料に答えがあったりするので効率が悪かった記憶です。

テストのときは、何も資料を見られないので、結局頭の中にある記憶が全てでした。記憶があれば選択方式だと何となく答えられたし、記述式だと絶対に覚えている必要がありました。

一方で今の現実社会はどうでしょう。スマホで調べたいことを検索すれば、いろんな情報がWebブラウザからあふれ出てくる時代です。実際に生きて行くために全部の情報を暗記することなど実はいらなくて、知りたいことについてどの場所に正しいことがあるか。そしてその内容を読み解くだけの理解力や基礎力さえあれば、十分事足りる時代です。

暗記一辺倒の勉強の時代から、今は百八十度変わっているんです。

だから、高齢の人は、「勉強せよ、本にかじりつけ、時間を惜しむな」なんて若者に古い勉強の記憶を押し付けようとするのです。このギャップに対して、意外と若者も好意的に反応し、「勉強するぞ」と勉学に励む人もいます。それそのものは否定はしませんが、やはり現代は、勉強することに関して、考え方を変える時期に来ていると思います。暗記に時間を使うのではなく、基礎を大切にし、細かい情報はどこに詳細な情報があるかを把握する。昔の紙の辞書の時代より、はるかに検索能力がデジタル化によって優れている状況ですので、広い見識の方が重要となると思います。

 

・・・

 

さて、ここまでは上のツイートに書いた内容の解説でしたが、もう一つ重要なことがあります。若者は既に暗記一辺倒の教育から、思考力やコミュニケーション能力中心の教育への転換をやって来た世代だということです。彼らはネイティブにインターネットが生まれながらにして存在した時代を生きていますから、検索すれば何か出てくるかは十分承知しています。

しかし、彼らに弱点を感じています。検索した結果、例えば見出し、タイトル、写真、マンガと言った、時間をかけずに端的に知ることができる手がかりだけを、取り出しがちだということです。端的に言えば長文が出てきても内容を読まず、結論を知ったつもりになりがちだということです。

先日Twitterにて、タイトルだけ読んで中身を読んでいない場合に、警告を出すようになりました。

 

www.itmedia.co.jp

米Twitterは6月10日(現地時間)、記事やブログをTwitter上で開かずにそのままリツイート(RT)しようとすると、まずは開いてみるよう促すテストをAndroidアプリで開始したと発表した。

 

また、単なるリツイートは避け、引用リツイートを推奨するようになりました。この変更は大統領選が終わってもそのまま残っています。

 

japan.cnet.com

Twitterは10月21日、リツイートの運用方法を変更した。従来であれば、通常のリツイートと、ツイートを引用しながらコメントが書ける「引用リツイート」の2種類を選択する画面が表示されたが、基本的に引用リツイートの画面が表示されるように変更されている。

 

これらの事象に思うことは、知ると言うことが省力化され過ぎて、理解が薄くなっているということです。しかし若者はすでに一定以上この副作用を知らされずに、知ると言うことを積み重ねてしまいました。若者と話してみると思うのが、「彼らは幅広くいろんなことを知っているけれども、見出しベースでしかないので、話を聴いてみると浅い。」ということです。

 

これは、暗記とは真逆の問題なのです。

知るというとき、暗記に行き過ぎると見識が狭くなってしまう。しかし見識を広げようとするあまり効率を重視すると、中身の理解が殊更浅くなってしまう。

このバランスこそ、時間で解決するものです。

これぞと思った知識については、書籍を読んだり資格を勉強したり、趣味として没頭したりと、深く掘り下げていく習慣を持つことが必要なんでしょう。

 

 

ということですね。

世代間ギャップというよりプロセスの問題で、どちらがいいというより両方必要です。

今は、深く知ることが省略される傾向もある、ということで、この副作用を埋めていく必要があるなと若者と接して思ったことです。