orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

さよならコントロールパネル・・とは行かないWindows 11 22H2

 

Windowsってのは歴史も長いので、マイクロソフトも気まぐれに設計変更できない部分もあるんだろうなと思う。

手元にWindows 11に「バージョン22H2」が降りて来たので早速インストールしてみたが、快適に動いている。昔は最新パッチはドキドキしながら適用したものだ。起動しなくなったりデータが消えたりなんて、普通にあったからね。しばらく様子を見てから適用するのが常とう手段だったけど、ここ最近は安心しているし、セキュリティー面からもどんどん適用していくのが良いのだろう。

Windowsは不思議だ。GUIでの設定方法を2種類用意していて、「設定」「コントロールパネル」の2種類ある。そしてマイクロソフトは「設定」の方をユーザーに使わせたいと思っているはずである。しかし、OSの深い設定は「コントロールパネル」でしかできないものもある。

設定画面を触っていても、リンクを押すとコントロールパネルの一部が起動されるものもあり、隠しきれていない。

一方で、コントロールパネルからアイコンを起動すると、設定画面が開いたりするので容赦ない。

そして、最近は、アップデートのたびに設定画面のデザインや項目、位置が微妙に変わってくるのだ。したがって場所をいくらおぼえても「あれどこ行ったっけ?」ということがよくある。

かつ、Windows Serverのアップデートにもこのあたりの変更が盛り込まれたりするので、正直、インフラエンジニアとしては、このWindowsというOSはなかなか手ごわかったりする。

基本的には、大人しく「control」と入力しコントロールパネルを呼び出す方が、これまで通りで簡単なんだけど、いつか無くなりそうな気がしていてならない。マイクロソフトもゆっくりゆっくり「設定」の方に機能を寄せていて、コントロールパネルと同義になったら、設定一本にする壮大な計画なんだろうな‥と思う。

また別の見方で、「設定」でしかできないことも増えている。コントロールパネルだけおぼえておけばいいというのも、これまたリスクありありだ。

そういえば、iPhoneも、先進的だなんだといいながら、結局ライトニングケーブルから逃れられないこととも同じかもしれない。

正直言って、Windows 2000、XPくらいが一番UIとしては完成されてた気がするけど、そんなこと言ったら昔の人扱いされるか・・。

コントロールパネルが素晴らしいみたいな話のようだけど、「管理ツール」っていう入れ子になっているアプリが既にWindows NTの時代からあったから、マイクロソフトは大昔からこの、「いかにUIで全部の設定を完結するか」については戦っていて、その歴史なんだよな。Windows Serverにあるサーバーマネージャーも、話をややこしくしているし。

なお、Redhat Enterprise Linuxなんかは、メジャーバージョンアップすると、設定箇所自体を大きく変えてくるので、コントロールパネルを延々と残してくれているのも良心的なような気もする。これはもう思想というか宗教にも近い話で、何が善で何が悪なのかはわからない。これだけ入り組んだ設計でも不具合を起こさないWindowsを管理するマイクロソフトに敬意を表したい。