orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

大人でも才能を見つける努力をすべきでは

 

子育てしている、もしくはしたことのある親ならわかると思うのですが、子供には習い事をさせますよね。スポーツ、音楽など、人気の習い事はいろいろあると思うのですが、その目的は何ですか。習い事を通じて社会のルールを知るという面はありますが、それと一緒に、子供の才能を見出したいという気持ちもあるのではないでしょうか。将来、プロになるためには幼いうちから見出しておかないと教育プロセス的に手遅れ、という分野もあります。

そして、子供時代を経て、我々はいつの間にか、自分はこんなもんだ、という枠を決めがちです。それが20代までならまだ、いろいろと柔軟に考えられますが、30代、40代と進んでいくうちに、過去の経験が多いからこそ、自分はこんな人で、こんなことが得意で、こんなことが苦手で・・と自分で枠を決めがちです。

この枠、本当に正しいでしょうか。

もし、ある程度時間や家計に余裕があるなら、もう一度、自分の才能探しを行ってみたらどうでしょうか。もちろん過去やったことを再度挑戦しても、結果は似たようなものでしょう。いえ違うのです。全く挑戦したことのない分野について、ひょっとしたらあなたは、すごい才能を持っているかもしれないのです。それが、自分の子供時代にたまたま見つからなかっただけで、親や周りの大人や教育課程がすり抜けてしまっただけで、何か持っているのかもしれません。

仕事を平日やって、週末休む、なんて繰り返しているとそんな発想、失いませんか。忙しさの中で自分を自分で定義して、その外に出ないようにすることが習慣になっていませんか。

大人の才能探し、そんなに変でしょうか。大人になった今、うるさい親はいないのです。子供の頃のように制限がないのに、なぜか自分に対して自分を決めつけるのはなぜなんでしょうか。自分はこんなもんだ、という枠を自分自らで作るのはなぜなのでしょうか。

いや、今さら才能なんて見つけても・・なのでしょうか。それは変ですね。いつになっても才能があればそれを活かして活用する目は世の中にいくらでも隠れているのではないでしょうか。それがすぐに収入にならなくても、この世の中、YouTubeでもTikTokでも、ブログでもnoteでも、何でもいいので目立った人が得をするようになっていませんか。

子供の才能探しって、いろいろやらせてみて、楽しそうなものを続けさせますよね。自分自身だって同じじゃないですか。やったこともないものを、楽しいのかどうかもわからない。とりあえず自分にもいろいろやらせてみて、発見してあげればいいのではないでしょうか。

これは最近の流行である、リカレントやリスキリングとは全然違いますよ。後天的に学習して能力を獲得するという話じゃないです。自分の中に眠る才能。それはそれぞれの人に、多彩に与えられているので、探さないと見つからないものです。もし子供の頃に見つからなかったから自分は平凡だと思い込んでいる人は、自分の手で探してみてはどうでしょう。全く手遅れではないですよ。今日見つかったら明日があるじゃないですか。