orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

才能がない事を続けても

 

週末は、競馬をやることが多いんだけど・・。

この馬券に関する才能、自分にないことは痛感する。ギャンブル一般に言えると思うんだけど、かなりダメだと思う。それならやんなきゃいいのに、と思うけど、楽しみとしては好きな方である。

だから、当たらなくても続けてるわけだけど、これが全く進化しない。いろいろ、知識は仕入れるんだけど。多分、冷静に判断できていないんだろうと思う。思うんだけど反省できない。同じことの繰り返しをやっているような気がする。

ああ、これが才能がないってことなんだろうな、と感じる。才能がないフィールドでいくら頑張ったところで、努力が結果に結びつかない。

そもそも、努力しなくても結果が出るってのが、才能があるってことだと思う。あれおかしいぞ、あんまり努力してないのに、周りと比べても結果が出るぞ。むしろ努力したらもっと出るんじゃないの?、という具合である。

ああ、馬券でそうなったら、楽しいのにな。ただ、そうなるどころか努力すればするほど当たらなくなっていくので、これはもう、才能がないを通り越している。無駄な努力と言う言葉があるかというと、あるのだと思う。

それでも楽しいので、才能がないのを踏まえて、身を滅ぼさないようにして遊ぶんだろうけど。これはレジャーであり、ギャンブルではないと言い聞かせて(負けた後)。

 

これが遊びだからいいとして、仕事だとしたら・・。大変なことであるが、あり得るのだろう。自分が楽しいと思うことと、結果が出るというのは、実は相関しそうでしないんじゃないかと思うことがある。好きこそものの上手なれというけど、好きでもなんでもなくても、結果は出ることはある。好きでもなんでもないけど、努力したら、結果がもっと出ることはある。そしたら、とりあえず才能があるということんだんだろう。何も工夫しなくても生産性が高い。もっと努力すればもっと良くなる。結果が出るから楽しいのであって、それそのものが好きでも何でもない、という話。

人々が、自分の人生の中で、何を選びどうやって生計を立てていくかは、自由と言われる。だが、才能がないことをわざわざ選び、苦労した上で結果が出ない。だから収入が得られないというのは寂しい。だから、心の中で向いていることを探し、好きとか嫌いとか言わず、いろんなことを体験して見て、その中で結果を見ながら冷静に選択していくのが、本当はいいんだろうと思う。

好きと才能がくっついてれば、そんな楽なことはない。ただ、仕事ってやはり結果が出て「なんぼのもん」だから、結果が出る限りは好きになる要素なんて後から考えればいい。好きな要素って、例えばお客様の反応とか、会社から褒められたとか、本質ではないところに向けたっていいわけだから。

若いころに特に悩む領域の話だと思うけど、この話はちゃんと書いたことがなかったので記しておこう。才能がないことを続けても結果は出ない。結果が出ないのに好きだから、という理由で執着して仕事にしたら、時間ばかり過ぎる。好き嫌いは置いておいて、自分に何が向いているのだろうと、色んなことをやってみるといい。何か結果のいいこと、努力しなくても周りより優れるものを仕事にして、好きになるかどうかは後で考えればいい。

身の回りを見てても、活躍している人はそんな感じに見えるけどね。

 

あ、それでも競馬は楽しいので続けます・・。