orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

インターネットで発言していくことの大変さ

 

こんな個人ブログになぜ数多くの方に来ていただけるのか。また、メンバーシップにもたくさんの方がご登録いただき、盛り上げていただけるのかということへの答えが、ある程度言語化されていて面白かった記事。

 

kyokotominaga.com

 降板の理由は番組内容とは関係なく、インターネット番組が抱えてしまう、視聴者との「密接さ」の側にあります。それも大半の視聴者の方とは全く関係なく、ごく一部の「密接過ぎる」人々への対応に疲れてしまったということに尽きると思います。

 

私だって、ブログのコメント欄は早々に閉じてしまった。はてなブックマークだって一年くらいはコメント不可にしていた。Twitterについても、議論をするつもりが全くなかったので、反論が来たらいろいろと対策をしている(ブロックまではしないけど、ほかにもやりようはある)。そして、できるだけ反応は見ないようにしている。

そして、自分の言行についても、過去何を言ったかについて整合性を取らないようにしている。ある日、前言ったことをすっかり忘れて、別のことを主張しているかもしれない。私が言う、ということを大事にするのであり、それはその時々の私なので、私と私で、言ってることが違うじゃないか、という葛藤は考えないようにしている。仕事ではないので。個人のブログなのだから。

その前提の元、orangeitemsが言っている、ということの信頼性、ブランドのようなものが、こうやって毎日書き続けているというタフさの証明で、生まれ育っているのも感じている。テレビタレントが、かなり当たり前のことを日々言っても、そのタレントの知名度が抜群で「〇〇さんが言っている」ということでツイッターのトレンドに載ってしまうことからも明らかだろう。

このブログでも何度か言っているように、何を言ったか、ではなく、誰が言ったか、がかなりこの世の中で重要視されるようになっているのだ。それはこのブログでも起こっている。

一方で、メンバーシップ等で双方向のコミュニケーションを行っている私だが、それをどう評価するか。そもそも消費されるほどの知名度もない前提で、クローズドであり双方向であることが非常に私が求めていることだった。誰かは私を知るが、私も誰かを知れる。この双方向に情報が流通する基盤があってこそ、コミュニケーションは成立すると思う。

もし、ブロードキャスト的な、インフルエンサーが不特定多数に届けるようなメディアで、かつ相手が誰だかわからないのに、親しみを持って何らかのイメージ先行のキャラクター像を前提に話しかけられたら、少しゾッとしてしまうが、今回の記事もそういうことなんだろうと思う。

今後も「誰が発言しているか」が重要である世の中が続いていくとすると、もし今後ブログ、YouTube、TikTokなどで「誰か」になりたいのなら、以下の注意点に気をつけてもらいたい。

 

1)反応があろうとなかろうと、毎日発言すること。それで視聴者は「生きている」と信頼してくれる。中身よりも頻度のほうが大事。

2)匿名のコメントを見ないようにすること。世の中には100%賛成してくれる意見などないのだから、必ず反対意見はある。賛否両論だと50%もある。そのたびに反対意見で心を痛めていたら続かない。また、読解力不足によるコメントもあるので、反応するだけコストがかかる。

3)反応が欲しく、コミュニティーを持ちたいなら、noteメンバーシップのようなクローズドな仕組みを持つこと。わざわざ不満がある人は入ってこないのと、双方向のコミュニケーションができるので、不理解による葛藤が起こりにくい。また入ってくる人はかなり理解をしてくれているファンである確率が高い。

 

こう言ったところだろうか。結構たくさんの人が、情報発信に挑戦して止める原因が毎日続かないことにある。毎日アウトプットできるほどのネタに困ることがほとんどだ。その上でそれを乗り越えたとして、ある日バズった上で、そのコメントの荒々しさに病む。きちんと対応しているのに、予想の上を超える反応がたくさん来て、病む。また、対応しきれないと完全に反応をシャットアウトすると、今度は何のためにやっているのか見えなすぎてまた困る。

ということで、きちんとマネジメントすれば対応できなくもないが、まぁ本当の有名人レベルになると大変そうだなぁ、私は今の規模で十分かもな、と思った次第である。