orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

Twitterの更新をやめて感じたこと

 

Twitterの更新、昨日からやめてます(記事投稿のお知らせのみ)。

結構マメに更新してたのですが、Twitter社経営の混乱を横目に、「もしかしたら(今は)要らないのかもな」と考え行動に移しました。

そもそも、私個人のアウトプット先が取っ散らかってました。このブログに、noteに、メンバーシップに、Twitterに・・。いつか整理する必要があったのですが、機会としてはいいタイミングとなりました。

やめて、面白いな、と思った感覚がありました。

興味のあるようなニュースがあったときに、すぐにリツイートして感想を言うという習慣があったのですが、これをやめられました。あ、反応しなくていいんだ、ということは実は発見でした。心の中に留めておくだけでいいんだな、と。それを何度も繰り返しました。習慣って面白いですね。毎回ハッとします。そうやってニュースを見ては反応できず見送るのですが、それらが山積すると記事の一つや二つ書けそうです。

感想を毎回リアルタイムで世の中に公開するというのは、1つ刺激的なことでもあるのですが、反応が微妙なことも多いのでだんだんと意味を感じられなくなったというのが素直な感想です。毎回こまめに書いても、誰も見ない、誰も反応しない、じゃ、メモ帳と変わりません。

少なくとも私の場合は、いろいろなインプットに対して条件反射的に個別で反応するより、色んな情報を取りまとめて一つのストーリーに落とし込み、それらを通じて1000字~1500字くらいで表現するのが向いていると思います。きっと、Twitterの140字というのは短すぎるし、単体のニュースに対する単体の反応なので、深みが出ないんだろうなと思います。この人いつも一緒のことを言ってるよ、と、なりがちなんでしょう。

ニュースAのことを話すのに、自分の経験やいろんな引用元の情報を元に、こういうふうに考えればいいのか。なぜそうなのか。そういった思索のプロセス自体が、私の記事のエンターテイメント性なのかなと考えます。

あの、パッと開いてパッと書くみたいな文化と、私の創作は合わなかったんですね(今さら)。そして、少し余裕のようなものを取り戻したのを感じています。すぐに反応しなくていい、ということにこんなにも影響があるとは。

まあ、単に更新をやめることを試してみることすら、こうやって記事にできるのもTwitterのすごさなのかもしれませんが、私はインスタもFaceBookもやってませんので、本当にブログ一本にアウトプットを集約していくことになります。いろいろ手を出してみましたが、自分の中のエネルギーは有限なので、どこかで集約して最適化しないと、どれもこれも中途半端なものになるなと思いました。で、ブログに行きついたということになります。

後は、メンバーシップを運営し、フィードバックや思い的なものはこの中で閉じていくことになります。チャットでのコミュニケーションだけではなく、「ひみつ日記」というものを毎日書いていて、こっちはこっちで面白さを感じています。会員向けに、Twitterで書きがちだった心情的な話を書いています。

ということで、イーロン・マスク氏も大胆にリストラを行いましたが、私も大胆にやってみました。落ち着いたらまたTwitterは見に行きたいと思います。有料化するなら乗ってみてもいいかな、なんて(結局新しい物好き)。