orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

部下の能力を最大化するために必要な管理職の心構え



たまにWeb広告で、「スキル偏差値60以上!」なんて見かけるんだけど、この偏差値ってやつは子どものころからずーっと見かけたパラメーターだったりする。

偏差値である以上は正規分布であることが前提だよね。この記事の扉絵みたいな感じで。真ん中に大量の人がいなきゃいけない。

でも、人とお付き合いするとわかるけど、こんなきれいな絵にはならないよね。点数が高い人が大量にいたり、真ん中の人がいなかったり。

そんな状況で偏差値を用いると、すごく、人を思い込みで判断してしまうことになりそう。

また、どうやって点数を付けるか、という話もある。絵を描かせたときと、数学のテストと、スポーツの能力で、全然点数は変わってくる。

人間の能力は多面的で、あることをやらせるとすごくできるのに、別のことではからっきしダメだったりする。

だから、「偏差値」ってのは、ある一定の見方だけで人を正規分布に落とし込む、バイアスそのものじゃないのかなって思ってる。

どんな人も、多面的に見ればどこかのポイントで、ものすごく他人より相対的に優れる場所があるのは間違いない。

ただ、それがアウトプットとして外に出てくるかは全く別の話で、そこに自己肯定感、社会的欲求の充足、心身の健康状態などが基盤となり、モチベーションがエンジンとなり、初めて結果が出てくる。

いわゆる昭和の、怒りによって人を動かすようなマネジメントが滅んだのは、この考え方から来ているだろう。熱血指導はもはや意味がない。

 

この状況で、管理職に求められるキャラクターがここ数年でかなり変わったように思う。「怖い上司」という人物像では、太刀打ちできなくなったと思う。怖いと、コミュニケーションパスにフィルターがかかる。昔ながらの部下と上司の関係ではなく、単なる役割としての存在であり、フラットな関係を築かないといけない。たまたま会社という場所で偶然出会った関係であり、そこに上下を作らない。一方で役割はお互いに果たすという具合である。この状況で、脅したり声を荒げたりするようでは、そうするほうが未熟という扱いを受ける。いつルールが変わったのかはおぼえが無いが、ここ5年くらいで様変わりした。

そもそも脅しつける昭和のマネジメントでは、前段の、多面的に見て想定的に優れている部分、ポテンシャル(潜在能力)が発揮されない。そして、これは、1度でも怒鳴ったりすると終わる。ああこの人は、役割を持つとそんな未熟な態度を取るんだ、と部下から見透かされてしまう。

管理職って、こえーな、って思う部分である。

ただ、人とチームで仕事するってのはまさにこういうことだ。個々を尊重し、潜在能力を発揮する環境を作り、そしてコミュニケーションがスムーズになるように自分をコントロールしなければいけない。だって権限を持っている人間って、メンバーにとって基盤だから。

ほんと、ボソっと何かマネージャーが言うだけでも、メンバーは言葉の裏を読もうとしてえらい影響を受ける。軽口なんてとんでもないのである。

時代は変わりつつある、ではなく、変わった、と言い切るべきだ。