orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

未だに、昭和的「友達100人できるかな」に捉われている人へ

 

なんか、挑発的な記事だなと思ったら。

 

dot.asahi.com

小学生の頃は「友達100人できるかな」なんて歌っていたのが、40歳を過ぎたら「あれ? 俺って友達一人もいなくない?」と愕然とする中年男性は少なくない。特に独身の場合は、家庭を持った友人とは疎遠になり、いつの間にか、話し相手がいるのは会社だけ、なんてことにもなりかねない。さらには「今さら友達づくり? 恥ずかしい」と男のプライドが邪魔をして、どんどん“ぼっち”になってくという悪循環に……。でも本音を言えば、「友達」が欲しくてたまらない! という人だっているだろう。じゃあ、どうすればいいのか。40代からの“友達のつくり方”を聞いてみた。

 

この記事、著者がそもそも、60代なんですよね。

だから、こんな論調で心乱されてもしようがないですよ。

どんどんと「独身おじさん」に話を寄せていってますが、違いますよ。これは都市型社会においては、全世代で抱えている問題です。

友達って何ですか?。昭和からアップデートされていないんじゃないですか?。

飲みに行くのが友達なんですか?。

家族がいれば、この問題は解決されるんですか?。じゃあ、例えば配偶者は大変ですね。夫の、妻の孤独をみんな背負うんですかね。

会社があれば、そこで知り合った人たちは友達なんですか?。リモート中心になった職場では、友達って成立しますか?。利害関係があるのに友達って言えます?。

友達ってなんですかね。

 

私はこの件、ちょっと前から気づいて行動しています。考え方は下記の記事(有料)にまとめています。

 

note.com

 

昭和的価値観がなぜこんなに合わないかというと、昔は地域で育ち地域で過ごす価値観が強かったからです。地域のコミュニティーが強く、「友達」というのが明確に定義できた。

田舎から大量に都会に人間が押し寄せるとともに、親世代と子世代が別居するのが当たり前になった。都市化です。これにより地域の結びつきが弱体化し、都会において、核家族が中心となりました。

一方で都会で人は集まるものの、個人情報を守ることに注力したため、隣に住んでいる人すらわからない文化が生まれました。よって、都会に人は集まっているものの、都会の中にコミュニティーができず、個人は孤独に陥りやすくなったと考えます。

昭和の時代はそれでも、会社がコミュニティーの基盤でした。終身雇用においては、一つの会社で定年まで勤めあげるのが普通で、そこでできた人間関係がすべて。だから、飲みに行って仲良くなるというのも、一つの戦略でした。

でも、もうそんな価値観、古いも古いですよ。会社がメンバーシップ型でいられるのももう少しです。今後、人材を流動化させないと日本はまずい、という結論まで出ています。労働環境が大きく変わる中で、一つの会社の寿命はどんどん短くなって然るべきです。人が動くことで最適化していく時代に他の国はすでに突入しているのに、日本だけが遅れています。

これからは、個人が、コミュニティーを主体的に、能動的に求めていかないといけないという課題。会社や家族があてにならない。そんなときに、じゃあどうするの?っていう手段が、また昭和の発想で、呆れています。

このブログを通じて、noteにコミュニティーを立ち上げたことはご報告の通りですが、一か月で17名まで集まりました。集まっていただいた方たちと、日々Slackでお話ししてますが、この方たちは私にとって友達でしょうか?。

まだ、直接お会いしたこともなく、年代もばらばらで、住んでいる場所も日本全国ばらばらです。でも、相手は私のことを知っていて、私も相手のことを知っていく。このプロセスを繰り返しているのですが、友達でしょうか?。

都市化が進み、労働環境や家庭環境も変わる中で、何を昭和的発想に捉われ孤独に沈むのか。「独身おじさん」をマウントして何が楽しいのかな、って思います。こうなればみんな一緒ですよ。

自分を知っている人を増やすこと。そして、その人を自分が知ること。

この数を増やすことに尽きます。それだけです。世代なんて性別なんて関係ない。