他人の気持ちをあれこれと知りたくなるメカニズム

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面白いよね。

職場でも学校でもなんでもいいけど、リアルでつながっている同士のSNSって、そんなに人の心の中までズカズカ入っていかないもんでしょ?。

例えばLINEとかで、つながってる人に、あなた今こう感じたでしょ?違う?、それってジェンダーフリー的にどうなの?。SDGsがこれだけ叫ばれているのに何でああいう態度取れるの?!。

なんて言ったら、関係性崩壊ですね。相手の人格に近い部分には踏み込まずに、当たり障りなく接するのがリアル。地雷を踏まないようにとはよく言いますが、まさに気をつけながら社会と接するのが当然でしょう。

かたや、Twitterなどに代表される匿名SNSになると、こりゃものすごい勢いで、全然知らない人のツイートを拾っては「これはいかん!こんな考え方はだめだ!」「そうだそうだ!」みたいなフェスティバルが毎日開催されていませんか?。

つまり、全く知らない人の心に踏み込んでは、地雷を見つけて踏んづけて、その爆発具合を楽しむようなエンターテイメントが成立しているんじゃないかと思っている。

匿名性が高くなると、なぜか人って、攻撃性が高くなったり抑えが効かなくなるんだよね。リアルでできないから、ネットでやっちゃう、というのも短絡的だけど、実際そうなっていると思う。

リアルではなかなか触れられない人の心の深い部分に、ネットだと覗き見できちゃうからそりゃ面白いよね。しかも、自分のことを誰か言ってないか?というエゴサーチ。これに手を付けてしまうと危ない。見なくてもいい自分の評判を見ると、人の心はだいたい傷む。もう、随分この悪影響は有名になってきたから、たくさんの有名人はSNSを見ないようにしていると思うけど、どうだろうか。

メンタルが強い、という表現がよくあるけど

・自分の悪い評判をいかに知らずにおけるか

・自分が納得した行動をしたならば、どんな評判になっても後悔しない

この2点につきると思われる。この後者について「人の気持ちを考えない」とも取られがちだけど、私は評判を良くすることありきの自分の行動には価値がないと思っている。その評判は私起点ではなく、他人が起点となっているためだ。つまらない。

しかし、納得して行動したのだけれども、あまりにも周りの評判のために自分の行動や選択が狭まってしまうのであれば、環境を変えるべきときなんだろう。そうやって、社会と折り合いをつけて生きていくしか、ない。

逆の見方をすれば、メンタルが弱い、という状況は以下の様子であろうか。

・自分の評判を収集することを好み、その内容に一喜一憂する

・自分の納得感より、周りの評判を良くすることのほうに価値を持つ

このタイプは、一見、周りのことに絶えず気を遣い、人の気持ちに敏感だと思われがちであるが断じて違う。一番気にしているのは自分である。自分の存在は、周りの自分の評価の和であるような哲学の持ち主である。付き合う相手にも影響力のある人からない人まで独自の位置づけがあり、影響力のある人には散々奉仕をするが、ない人にはぞんざいに扱う。自分の評判を傷つけてくる存在に対する攻撃性があり、あなたは自分の味方?敵?という見方をする。

こうやって整理をしていくと、過去の自分の環境や、自身の行動。そして今について、説明がしやすくなっていく。メンタルが強い、という状況を手に入れたとしてもだ。なかなか孤独だし、あきらめも肝心ではないか。

大人の世界とはなかなか難しいものである。大人は大人のフリをしていることが多いのもあって。