orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

「性格が良い」ってなんだろう

 

人は、性格が良い、と言われた方が何かと得が多い。人の性格など千差万別なのだが、案外人が何を考えているかなんて外からはわからないので、性格が良い画面的な行動を繰り返していれば、性格が良い認定されるというだけの、つまらない話である。

じゃあ、なぜ、性格が良いように全ての人類が振る舞わないかというと、自分本位の、ありのままの、本当の性格と、外面的な「性格が良い」の間に乖離があり、長い時間を他人と共有すればするほど苦痛となるからだ。振る舞うためには脳の資源が必要で、かつ多くの人と接するほど辻褄を合わせるのが大変になる。隙を作れない。

接客業にはマニュアルがつきもので、業務上必要な行動については模範となるふるまいが書かれている。それらをパターンとして身に着けることにより、性格の良い店員を身に着けることができる。人間関係は苦手だけど、仕事をしているときは気にならないという人は、そういったマニュアルを熟知しそれに則って行動をするため、脳の資源を節約できるということである。

性格が良いとは、いくつかのパターンの組み合わせのように見える。

・他人のせいにしない

・他人の話をさえぎらない

・他人の話をよくきいている

・他人を否定しない

・他人のいいところをまず褒める

・他人に感謝する

・他人の気持ちに立って思考することができる

・自分の責任をまず初めに考える

・自分の手柄を積極的に主張しない

・自分から能動的に行動をする

・怒りの感情を表に出さない

・楽しい、喜ぶ、といった快の感情を大事にする

いろいろ書いたが、相当に疲れる要素の連続である。自己犠牲的な部分も多く見られる一方で、人間なんて自己中心的なので非常に、特に若い間は葛藤が多いのではないかと思う。特に「ありのままで」という個人主義のような概念によって、もっと自分らしく振舞おうというムーブメントもあるので、一方この性格の良さ、という概念がぶつかってくる。

ありのまま風で性格の良さを外観としてまとう、みたいなことに、特に最近の人たちは巻き込まれているのでは、と思ってしまう。SNSなどで自分の画像をSNOWなどで修正しつつ、フォロワーを積み上げている人は、こういった性質を痛感するんじゃないか、と。しんどい、って。

さて、それでは年齢を積み上げていくとどうなるか。割り切ってありのままでいようとするのか。それとも「性格の良さ」学の知見と経験を積み上げて、外部の行動を洗練させるのか。

今感じているのは、両極端だとどちらにしろうまくいかないということ。「性格が良い」行動はある程度計算して出来るようになるのが、社会人としてのスキルとして求められるのは飲み込んでいる。その上で、ありのままを見せる相手はもう本当に限ること。また、全開で見せると、どんな信頼関係でも崩れることがあるので、ほどほどにすること。こういったブログのような一人語りの場で「わたしのありのままってこんなんですけど、興味があったらどうですかー?」なんてやるのもいい発散方法だと思う。

そうか、私がこんなにブログを書けるのは、あまりにも社会で、ありのままでいようとして痛い目にあって、後天的に「性格の良さ」を身に着けて、それでいろいろ鬱積したストレスを抱えるので、こんなにテキストが出てくるんだな、と妙に納得してしまった。

ああ、私、性格悪いわ(笑)。