orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

人の指導は手順書でやろう、「人の教育 as Code」かもしれない

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最近思ったんだけど、指導する部下がいるとして、この部下に口頭で指導するとするじゃないですか。そうすると、この部下がすごくよくできる子でぐんぐん育ったとしてね。やったー、有能だーと思ったら転職していくじゃないですかきっと。知らんけど。

そう考えた時、口頭の指導ってどうなんだろうと。消えちゃうじゃん。新しい人が来たらまた一から口頭で私が教えていくのかと。これ超無駄。そして私は教える地獄から出られなくなる。

昔は教えてちゃんって言われてすごく嫌われた、受動的な人たちだけど、でも教えないといつまで経ってもおぼえないじゃない、教えないと。

で、口頭で教えるということをできるだけ止めて、この手順書がある。この通りやれば誰でもできる。でも何でそういう値なのかというのは、個々で勉強しないと、興味を持っていかないと身に着かないよ。じゃ、がんばって。

ぐらい突き放さないと、こりゃ教えるということの手離れが悪いんじゃないかと思った。

そりゃね、作業で困ってたら、これはこうするんだよー、ぐらいのフォローはしてもいいけどさ、こっちもYouTuberみたいに、はいー、じゃあ今日のお題はこれ。まずはこうしてね、・・・ってやってたら日が暮れる。

そもそも人の言うとおりやる、というのなら、手順書の通りやるでもいいし、手順書になってればわかりにくければ更新していいよ、ともいえる。手順書が勝手に育つし、その手順書使った人は別の人も教えられる。

そう、この思想で教育を捉えないと、私も集中できやしない。自分も未知のことをやりたいし、教えている最中にも調査したいことがでてくることもある。そのときに、あたふたしているところを部下が見ているのも、まあ勉強になるかもしれないけど、まどろっこしいだろう。手順書なら、上司の前じゃないからそんなに気も張らなくていいからね。

やる気もあれば、勝手に勉強するだろうし、質問もしてくるだろう。

ほんとさ、せっかく、地道に育てたと思った人がスンと退職していくと、考え方も変わるってもん。情報だけ持っていかれて終わり。最近はインフラの世界でもコードで書いて使いまわすという、Infrastructure as Codeという考え方は結構、大規模な現場では使われる技術だけど、人間もさ、できるだけCodeレベルで教育できないとダメかもしらんね。

退職する人は、私が教えた時間は転職先で有効活用するかもしれないけど、私の時間はーどこへーって感じ。で、また新しい人に一から教えようって時に、ああ、ありゃ無駄だったんだって冷や水浴びせられた気持ちになったのは、新しい人は知りやしないよね。

ってことで、ああもう、人の指導など、直接やらんぞ・・。という気持ちを新たにしたのでした。