orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

遺跡化するふるさと

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私はかなりの田舎で幼少期、過ごした。とは言え活気はあった。小学校も全校生徒400人弱いたし、中学校も同じくらいた。3つの小学校から1つの中学校に集まってきていた。車で30分行くと街があり、賑やかな商店街があった。私はその商店街に行くのと、電気屋さんに行ってパソコン見るのが好きな小学生だった。今から35年くらい前だったか。

ところが、田舎のシステムっておかしい。とりあえず大学がない。大学がないってことは大学に行くような人はみんな田舎から出て行っちゃう。そしたら、そのまま都会に就職しちゃう。だから田舎って、若い人がどんどんいなくなっちゃう。大学に行かなくたって地元に仕事がないものだから、やっぱり都会に行く。

地元に残るのは、自営業で家業を付く人や、公務員、病院、あとは結構高齢者が移住する文化はあったので、介護・病院関係の仕事はあった。結果として子供はどんどん減っていく。私の母校だった小学校、中学校はすでに20年くらい前に無くなり、付近の学校と統合されてしまった。統合されて今、生徒はどれぐらいいるんだろうと調べてみたら小学校は300名弱。中学校は150名弱。私が住んでいた当時から4分の1くらいの規模になっている模様。校区もかなり広いので、バスが拾っているという噂も聞いた。

もうちょっと現状を知りたくて、Google Mapでストリートビューを見たが、もうずいぶんとさびれていた。形は驚くほど変わっていない。廃校となった小学校の校舎もそのまま残っている。結局、壊す体力もないはず。いろいろな建物が私の記憶のまま残っているのだが、違うのは、随分朽ちているのと、明らかに人が住んでいない家が散見されること。ショッキングな例としては、建物の中に雑草が生い茂っている家もあった。そこは、駄菓子屋と銭湯があり、社交場だったが。

公園も雑草が生い茂り、ジャングルジムは無くなり、かろうじてブランコはあるが錆びている。小学校も遠くに行ってしまったので、遊ぶ子供もいないのだろう。

都会では、用が無くなるとすぐに所有者が代わりまた別の建物になったり、決まるまでは駐車場になったりもする。でも田舎では違うのだ。放置される。まだ人が放置しているうちはよくて、その人すらいなくなり誰にも引き継がないとそのまま朽ちていく。結果として何が田舎に起きているかというと、「遺跡化」である。形はそのままに古くなっていくのだ。

ストリートビューで、通学路を辿ってみた。恐ろしいほど形が変わっていないまま古くなった道が続く。中学の時自転車で3年通った道で、いろんな嫌なことも思いだしたがそれも思い出だ。いつまでこの生活が続くんだろうとあの時は思っていたけど、今になっていれば一瞬の出来事だった。この街から出たいと思っていた。都会に行けばどんな楽しいことが待っているんだろうと。そしてこの街はどうなっていくのだろうか。人が少なくなっていくと、何も無くなっちゃうのかな。その答え合わせが今だとすると、間違っていたようだ。何も変わらないまま朽ちていく、が正解だ。

戦後から現在にかけて、地方は完全に都会に人を排出するように仕掛けられ、そして私のような元田舎民が都会人の顔をして生活している。なんであんな仕組みにしちゃったんだろう。どうやったって地方から人が流出し、どんどん空っぽになっていくのが必然じゃないか。そして空っぽになりつつあるふるさとをインターネットで見て、少し苦しい気持ちになる。ふるさとは無くならない。遺跡になる。そして日本中は遺跡になり、一部の都会だけが活発に動く国になる。私が子供のときはSFだったことが、もうほぼ現実になっている。

ちなみに、私が小学生だったときに図書室で、母校の小学校の歴史を調べたことがあったのだが、一番生徒数が多かった時には1300人くらいいたらしい。なぜそんなに人がいたのか。太平洋戦争のときに疎開で随分人が押し寄せ、大賑わいしたそうだ。しかし戦争が終わると帰っていったようだ。やはり何も起きなきゃ、人は集まらないか。とてもいい場所なんだけれど・・。そうやって日本は田舎を捨てていくのかな。私もその片棒を担いだ一人だが、なかなかやるせない。