orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

努力すれば成功する、という囚われからの脱却を

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努力すれば夢はかなう。がんばったことは裏切らない。このモチーフが日本人は大好きなんですよね。とにかくストイックに打ち込むことを好みます。あらゆる分野で優れた人を取材すればいろいろ努力された跡があり、やっぱり努力は大切だよね、とたくさんの人が考えています。

しかし、私は努力至上主義とも言うべきこの考え方に反論します。努力する前にすこし待ってください。その努力の方向は正しいですか。いろんな努力が存在しているのに、なぜその方法で努力を始めるのですか。何を目指しているのですか。目指していることを明確にしたら、次はどうすればそこまでたどり着けるか。もっと考えてみませんか。そう、この考える、思考するというプロセスがおざなりにされているのではないか、と最近よく思っています。

当初は、まず目指している場所に対して、最短の距離を目指すべきなのです。無駄のない方法。ステップ数を減らす。簡単に思いつくはずがありませんが、すぐに走り出してはいけないかというと、方向が違ったりジグザグに進んだりすると、余計な距離を走ったりもしくはたどり着けない可能性があるからです。

努力するのは実は簡単なんです。決まった方法を繰り返していればいいからです。そのうち改善点などがわかって修正するでしょうが、一度走り出した方向というのはなかなか変えられないものです。そのうち修正しても改善できない困難にぶつかり、それを試行錯誤や非人間的な繰り返しで突破するのが日本人は好きでしょう?。しかし、そもそも、走り出す前にもっと思考しておけば、そもそもそんな困難すらなかったんじゃないか、と思うのです。

自分が思考しないで、一部のインフルエンサーに浸透し思考を預けてしまう流行があるのも知っていますが、あれももったいない。皆に脳があり、思考できるようになっているのに、なぜ誰かに任せてしまうのか。テレビをつけてもいつも似たような人がしゃべっていませんか。思考は本来もっと幅があるはずなんです。

また、テキストより動画の方が今はメディアとして幅を利かせており、よりロジックよりも、感覚的な方向へ、物事を考えることが流れて行っていることも危惧しています。世の中の半分以上の人が、ロジックではなくエモーションを重視しているような気がしてなりません。そのくせ、努力至上主義があるため、とにかく皆が走り出すことを好み、努力しているから善、という雰囲気が強いと思います。

未だに日本の仕事には残業がはびこっているのも同じ話です。1時間より2時間、2時間より4時間、より長く働けば成果がその分出ると思い込んでいますが、世の中の実態はそうはなっていません。全く残業がないのに高収入の方もいれば、法律違反のような就業実態でも収入が低い方もいます。

まず、努力すればいい、という安直な考え方を捨てるべきときなんじゃないかと思います。やっている努力は正しいのか。まずは思考を鍛える。思考するために情報を集める力をつける。いろいろな選択肢を検討し、それぞれ採用した場合のシナリオを考える。

考える、考える。考えている間は傍から見ると何もしていないようで、「おい手が止まってるよ」となるわけですが、それが大事だと思います。

もうすぐ選挙ですが、やっぱり、「わが党は・・・します!」という行動型、努力型の主張ばかりが目につきませんか?。しかし本来は、直近どうするかより、どういう将来像を描きどう近づけていくか。つまりどう各党は思考しているのかのほうが本当は最も大事なんですよね。だって、間違った政策を連発してその実現にすごく汗をかいたと自慢されても困ります。努力何かしなくてもいいから、最善の将来に近づけて欲しい。別に選挙カーに乗って声からしてもしようがなくて、思考の中身が知りたいなと思うのです。

一つ絶望があるのは、この記事をここまで読んでくださる方には、もうこの主張は伝わっているということです。かなりのゾーンで、テキストを読むことすらしない層もいます。一方でみんな努力が大好きですから、しなくていい苦労をして、そして報われないことを社会や政治のせいにするのです。

遊びがないと、余裕がないと、よい思考はできません。努力至上主義から抜け出し、思考に時間を使いましょう。思慮深い行動が成功を生むのです。