orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

わたしとインターネット

f:id:orangeitems:20210721004338j:plain

 

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

今ではスマートフォンがほとんどの人に配られたおかげで、インターネットとは何かだれでも知っている。でも初めはパソコンとモデムの存在が必要だった。

パソコンと初めて出会ったのが小学二年生のとき、SHARPMZ-700をなぜかおもちゃ替わりに与えられた。結局パソコンの仕事をしているので、教育って大事よな、と思うけどそれは置いておく。そこから今までほとんどの時間パソコンと一緒にいるけれど、ネットワークにつながっていない状態が前提だった。入出力機器は初めカセットテープで、そこからフロッピーディスクに代わり、そしてCD-ROMが出るまでも、まだスタンドアローンだった。

ネットワークにつながらないパソコンって何するの?、と思う人も多いだろうが、初期はBASICと言う言語でプログラミングをやるか、ゲームをやるかの二択だった。1990年に入ってからは一太郎Lotus 1-2-3などのビジネスソフトウェアが有名になっていく。そういえば、MIDI音源をオプションで追加して演奏するDTMもやったものだ。

1995年になってから風景が変わり始めた。パソコン通信を体験し、端末がネットワークにつながることの楽しさを知った。知ったは知ったのだが、通信料も激しく高く、没頭できるほど使えなかった。

1996年あたりにパソコン通信からインターネットへのシフトチェンジが起こった。テレホーダイというNTTのサービスのおかげで夜間の通信料が定額になった。インターネットプロバイダーという仕組みも生まれ、そんなにお金をかけなくても常時接続が体験できるようになった。

当時のインターネットは、コンテンツが全くなく、つながることそのものがエンターテイメントだった。Googleもまだなかったし、Yahoo! Japanが生まれたのも1996年だ。そのころは雑誌を買ってきた。個人のホームページが一覧になっていた。URLをいちいち手打ちして、「何かが開く」というのが楽しかった。別に内容はあまり気にしていなくて、そもそもホームページとはなにかという定義すらなかったので、結構カオスなページが開くのだがそれも楽しかった。

http://プロバイダーのURL/~username

みたいな形式で、ユーザーごとにホームページを作るスペースをもらっていた。FTPでファイルをアップロードすると静的ページが表示されるという世界だ。当時はアフィリエイトも無かったから、ほんとに自己満足の世界だ。HTMLを手打ちするのも普通だった。後からホームページビルダーというソフトウェアが出て、ワープロを作成するようにHTMLを書けたものだが、黎明期はそういう地道な付き合い方こそインターネットだったように思う。その当時は、早くやったもの勝ち、的な要素が強く、個人ページでも結構な有名なページも生まれたものだ。

また、通信速度は、2000年初頭にADSLというサービスが始まるまでは、激遅だったので画像も全然使えなかった。だからこそ、テキストがたくさん用いられた。今では画像どころか映像すら普通に飛び交っているので、多分私が知っている当初のインターネットは、今のインターネットとは全く違うものだと思う。

あの頃のインターネットに戻りたいか。戻りたいような気はする。なぜなら、つながっている人は大衆じゃなかったから。あのころにつなげていた人たちは、おそらく新しい物好きで、好奇心旺盛な人ばかりだった。そして、企業がまだインターネットを使っていなかったので、個人ベースでつながる場所だった。

今はインターネットはインフラ基盤なので、現実の縮図のように思う。ほとんどが企業のスペースで、企業が運営管理している上に、個人が活動している。SNSのおかげで、パーソナルスペースがインターネット上にあるように思えるが、それも、企業の手のひらの上である。

何にもつながっていなかったパソコンが、インターネットとつながり、そしてインターネット自身が成長しサイバースペースは、世界そのものと同じくらいの巨大な空間となった。パソコンはそれを映し出す投影機となってしまった感はある。スマートフォンはそれに特化した機器でもあろう。

初期のインターネットで伸びた企業が今頭打ちになるのは、このインターネットの変質のためと思う。感度の高い人たちだけが集まっていたインターネットにおいて、活動すると盛り上がっていたそのノリが、今は通用しづらくなっているのだ。それはインターネットにつながる人の種類が圧倒的に変わってしまったからだ。だから、活動する側も反応が読みにくくなり、勢いが出ない。

この変化にも準じていくのが企業としては正しい在り方かもしれないが、私としては、「昔のインターネットのノリ」をどこか違う形で実現・実装できないものかと期待している。

でももうそれは、今のインターネット上ではなく、何か別のかたちなのかもしれないな、とも思う。

第二インターネット?

そんなものができたらいいな、なんて思うけど、多分コロナ禍が収束したら、この閉じ込められた時代に人々が悶々と思考してたものがどんどん花開くのではないかな。

古代ヨーロッパで「ルネサンス」という文化の発展があったときの前には、大きな疫病があったそうだ。多分、同じようなことが起こるはず。それはインターネットじゃなくてもいい。それに私は乗っかってみたいな、と思っている。