orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

「インターネットから人がいなくなっている」は本当か

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インターネットから人がいなくなっている、というのはここ数年テーマになっているように思うが今日の話題になっているようなので所感を述べておきたい。

いや、インターネット利用人口はむしろ過去よりは増えている。総務省の調査に書かれている。おそらく2021年では90%を超えただろう。

 

www.soumu.go.jp

●個人のインターネット利用率は約9割

2019年のインターネット利用率(個人)は89.8%となっている(図表5-2-1-3)。また、端末別のインターネット利用率は、「スマートフォン」(63.3%)が「パソコン」(50.4%)を12.9ポイント上回っている。(図表5-2-1-4)。

 

利用人口は増えたのに、「インターネットから人がいなくなっている」という感想を抱くのはなぜか。それは、インターネット公衆、いわゆるパブリックにおける言論領域へ、発言をする人が減っているからだと私は思っている。

5ちゃんねる(2ちゃんねる)やニコニコ動画の流れ、はてなブックマーク、個人ブログの領域もそうだが、誰でも投稿できるサイトはある。今ではYouTubeが一番人気があるのかもしれない。

発言する場合に、過去は匿名が基本だったが、最近は身分を明かして発言するメディアのほうが盛り上がっているように見える。いわゆるインフルエンサーの存在だ。動画だと顔出しにならざるを得ず、匿名化できないという事情もありそうだ。

この、匿名による自由な発言、によって確実に発生するのはモラルの低下だ。匿名同士であると人間の心の中にある攻撃性が発現しやすいと感じている。人間は自分が誰かを明かす必要がないと相手の人格を傷つけてもいいと考えてしまう傾向があるようだ。

SNSのフォロー・フォロワーの仕組みは、この短所を抑制するためには機能していて、もし仮に人格を傷つけるような発言をするアカウントがあれば、即座にブロックしたりミュートしたりして見えなくすることが主体的にできる。自由な発言とは、誰にも見えることが前提なので、SNSは昔のインターネットのイメージからは違うメディアだと思う。

一方で、匿名での自由な発言を認めるメディアは結果的に攻撃性も含めて野放しとなり、度を越えた攻撃や歯に衣を着せぬ発言が飛び交い、結果的に穏やかなユーザーが発現することを慎重にさせてしまう。意見というのは賛成と反対、両方あるのが普通だが、反対側の意見が人格攻撃も含んでしまうため、発言することにとてもコストがかかってしまう。この現象の対策としては「自治」が考えられた。ユーザーによる総意の判断で、モラルを守らない発言を削除する、というのもである。また、運用側による裁定、のケースもあった。

どちらにしろ、こういった取り締まりのようなものは確実に設けられるが、この取り締まりや自由を制約することになる。

結果として、自由なインターネット、みたいなメディアには人が寄っていかなくなる。もしくはいるとしても、読む専用である。だからコミュニティースペースには緊張感の強い状態が作られ、結果としてコンテンツ自体が衰退してしまうのだ。

あるメディアがインターネットで生まれ、そこに初期のユーザーが集まり心地のよいコミュニティーが生まれ、そして二次的に評判になって人が集まる。ここまで進むことは多い。しかしそこから、古株と新参者のようなコミュニティーの分裂が起きたり、上述したようなモラルの低い攻撃性の高い活動が問題となっていく。放置しておくとメディアは衰退しはじめ最後は、限られたユーザーしか残らないということになって成長が止まってしまう。

5年~7年くらいでこういった現象が発生していたが、最近はあまりにも拡散スピードが速くなりすぎて、1年やそこらでメディアがポシャってしまうことも増えたように思う。

一方で、YouTubeが成長する理由に、顔出し、という匿名の短所を打ち消す機能があるからだと思っている。芸能人のSNSも同じ理由だ。ただ、彼らは匿名の悪意に対して耐えなければいけないという、いわゆる有名税のようなことが起きるのは副産物である。

ということで、インターネットは大衆化は進んだが自由相互に闊達に発言できるメディアとしては規制が進み衰退したように思う。一方で、Twitterをリアルタイム検索などで見ていくと罵詈雑言の嵐なので、実は本質は変わっていない。「(インターネットは)嘘は嘘であると見抜ける人でないと使うのは難しい。」というひろゆき氏の名言は、本当だと思う。