orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

借金するとはどういうことか

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四十代まで来るとなんとなく人生とは?ということについて、俯瞰的なイメージができてくる。十代二十代にはやっぱりこれがない。未来に向けては暗闇で十年後、二十年後はどうなっているかというのは考えないようにもしていた。この辺りは残念ながら学校は一切教育指導しない。

俯瞰的なイメージとは何かというと、さて人生が終わった時にどうなっているかまで考えることだ。その時に仮に千兆円あったとする。もしくはゼロ円だったとする。もしくは借金があったとする。さて、自分はどういう状態を望むか。これは人によって答えが違うし違っていいと思う。

私は、借金を残す状態というのは、他人に迷惑をかけている状態のように思うのでそれは避けたい。この借金というのも考え方があって、借金はあるけれども資産(土地や家、有価証券など)もあるのであれば全部足したり引いたりして、誰かが引き受ける価値があると思うのであればそれは許容できると思う。何しろ、純粋に借金だけ残して終わりになるのはやめたい。

一方で千兆円残すとしても、それごと持っていけるわけでもなく、強くてNEW GAMEができるわけでもなく、何にもならないんだからこれまた興味がない。むしろその莫大なお金で人生をもっと楽しくできなかったのか。出来たのであれば百点。出来ていないのであれば千兆円あっても百点にはならない。これは面白い。

そう、人生なんてトータルで考えればいいのだ。

借金をすることにネガティブな人は多い。学校の奨学金、住宅ローン、全部否定し、お金をこつこつ貯めることだけが善という価値観はある。私はこれは受け入れがたい。こつこつ貯めて行ったら最後には小銭が溜まっていることだろう。しかしそれで、何か人生の時間の中で我慢したことやできなかったことが生まれるのではないか。

35年ローンを組んだとして、35年後に支払い終えたのなら、その35年の間で買った家の中で起こったこと全てが財産だ。借金をする決断が無ければその35年は得られなかったのだ。

奨学金は借金かもしれないけれど、そのおかげで大学卒業の資格を得る。そのことでその後の人生の選択肢が大きく広がり、たかだか数年間の学費は長い人生の中で全然ペイできると思う。

借金は時間を買う投資なのであり、リターンとしての有効な時間を得るのであれば、これは全然アリだ。

意味がないのは、単にお金を借りて返すだけの行為だ。利子も発生するので、計算すれば額面上は必ずマイナスである。

このように、人生を俯瞰で考え、借金したりお金を貯めたりコントロールしていくことこそ、お金の正しい付き合い方だと今になって思う。

なんとなくまだ、倹約主義で、何も使わないことこそ美徳だとする価値観は世の中に残っていると思う。それではもったいない。終わりから考えてみると、自分自身は小銭を世の中に残すためだけに生きていないか。そうではなく、トントンで十分、限りある時間の中で自分ができることを最大化するためのツールとしてお金と付き合っていきたい、そう思う。