orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

夢など無くても構わない

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何十年も前から教育の世界では「夢は何?」ってよく問いかけられていたと思います。夢と言う言葉じゃなくても、将来の職業のように言い換えられて問われました。私自身は、将来こうなりたい、とちっとも思わずに日々過ごしてきましたが、それでも全く問題なく生活できていますし成長も感じられています。

終わりから考える、というのは実現のために必要な一つの方法ですが、それはプロジェクトなど、終わりが明確なものであればそうでしょう。でも人生は終わりを考えて対処するものではありませんから、そんな再現性のないものに対して設定する必要などまるでないのではないか、と思うタイプです。

やりたいこともその時々で変わるし、強い信念を持って何かを達成したとしてもそこからまだストーリは続きます。小説や映画ほど、人は一本道を進んではいません。あちこちフラフラしながら、直感的に進むのが普通でしょう。別に何か特別な題目を決めなくたって、チャレンジもできれば、成功も掴むことはできます。

成功と言ったって、成功と呼べるものは後から考えたら成功だったという事象のほうが圧倒的に多いです。あれは成功だったんだな、と。一時期うまくいったところで継続するかも別だし、初めダメだったけどだんだん良くなった、みたいな話もあり。そもそもいちいち評価する必要すらなく、結果は受け入れて、さあ今日から何をしようか、ぐらいのほうが毎日を良く過ごせます。

たまに見かけるのです。夢がないと生きられないと言うのに、自分にはやりたいことがない。どうして生きていいかわからない、という人。夢がないと生きられないという刷り込みは教育なのか、メディアなのか、何なのかわかりませんがその説に対する同調圧力は確かにあります。しかし全く持って説得力はありません。夢をかなえた、と言っている人の心持ちなど誰にもわかりません。日々日々ベストパフォーマンスを心がけていたらたまたまうまく行きました、ということがほとんどだと考えます。はじめから絵が書けていてあとはそれをこなすだけでした、ということが夢だとすると、誰しも夢など持っていないというのが正しいです。成り行きと直感が支配する社会だと私は思っています。

夢、などという抽象的な話にせず、これをやりたい、あれをやりたいという、欲求や興味のレベルにまで表現を落とし込み、そこからじゃあどうやってやろうか。ということを毎日繰り返せば、きっと夢ではなく目の前の目標レベルまで近づいてきます。夢に至るプロセスは、苦しいことでも矛盾したことでも受け入れなければいけない苦行の道だ、というのはもうかなり古い考え方のように思えます。やりたいことを興味のままに、楽しく夢中になってやっていく。それをいかに続けるか。次々と課題を感じ改善していくことの楽しさ。そうやって、努力することをあたかもライフワークのようにしていく人が、成功しているような気がします。

夢など無くても構わない。それより、やりたいことをやろう。自分の興味に素直になる。そしてそれが誰かの役に立つのなら仕事になる。それでいいと思います。