orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

過去には戻れない

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テレワークの日々は終わり、オフィスに戻る。週5オフィスに舞い戻り。そう宣言したものの、結局は週2オフィス、週3テレワークに落ち着くことになった。毎日出社しようと意気込んでみたものの、個人的な事情で会社に行けない日にテレワークに切り替えたのだが、それはそれで会社的には全く問題がなかった。むしろ他社とテレビ会議をしてみたら全員自宅でオフィスにいる人は皆無で、思った以上に自宅で働くことが社会的に浸透していることに気づかされた。

緊急事態宣言は本日までで解除となり、明日からは日常に少し近づくのだが、それに伴い会社のメンバーに、将来はどういうかたちの働き方が平常となるのかイメージを訪ねてみた。普段はあまり口を開かない人たちだがおそらく心の中に各々の思いはあるに違いない。もしかしたら、早くオフィスに戻りたい。昔の働き方こそが一番だ、という人がいてもおかしくない。

話を聴いてみて印象的だったのが、「通勤で2時間、3時間かかっている時間が全部自分の時間に充てられるのがありがたい」という表現。先週オフィスに数度行ってみて思ったが、これは本当にその通りで、通勤するだけで数時間が電車に吸い取られるのが当たり前だった。これが無くなったことで一日に使える時間は確実に増えた。物理的に時間があるということは、いろんなデメリットを跳ね返す。やはりテレワークより集まって作業をした方がはかどる要素はかなりある。が、それにも増して個々人の人生に与えられる時間という宝物は、世界が例え元に戻ったとしても、失いたくないと言う。

週5テレワークにして最も危険だなと思ったのが、信頼関係の醸成だった。普通はメンバーが同じ場所で同じ時間を過ごせば、徐々に一体感、あうんの呼吸のようなものが生まれ、それが目の前で育っているのを確認できるので、それこそ同じ場所に集う価値と思ったものだが、思った通りその機能がないことで危機的な状況を体験した。マネージャーはかなり気を使ってメンバーの人間関係を把握しないと、「うまくやっているに違いない」という正常性バイアスのワナに引っ掛かりやすい。学校で掃除の時間に、先生が見回りをしているときだけ手を動かす生徒たちのようなものだ。Web会議のときは快活に立ち振る舞おうとするが、マネージャーがオフラインのときにどれぐらい険悪になっているかはわからない。

メンバーが思うテレワークによる時間が与えられるというギフトと、オフィスで集うことで与えられる一体感や信頼関係の醸成というギフト。結論としては、両方とも総取りすべく、週2で全員で集まる。週3で全員でテレワークする。こんな方法をスタンダードにしてみようかということになった。オフィスに行ったところで全員がテレワークしていたら、これはあまりギフトはない。むしろオフィスではテレワークをしにくい。近くの席で別の人がWeb会議に出ると、マイクが同じ部屋の音を拾うのでハウリングしてしまう。また、オフィスに複数の人がいると、マスクをしなければいけない。だから、オフィスに集まるときは全員で集まる。テレワークするときは全員でテレワークする。そして、集まることを週5でやる必要はなく、集まってできることは週2の中で十分にやればあとはテレワークで問題がないという想定をしている。

これはどの職場でもあてはまることではないけれど、これからいろいろな職場で、どのような働き方がスタンダードになるのか試行錯誤が始まっているはずだ。でも、週5オフィスにはもうならないな、という感覚だけは得た。オフィスに週5で戻る、と言った瞬間に「もうこの会社やめようかな」という意見の人も数割いる。これだけで戻れない理由としては十分である。今や、人を集めるのも育てるのも難しい時代である。人を大事にするならば、人間中心に職場ルールを組み立てなければいけない。理不尽にオフィス回帰を押し付けるマネジメントこそ、最悪の施策であるし、さまざまな大手企業はすでにオフィスを削減してしまったので絶対にスタンダードはそうはならないのもわかりきっている。

明日のことは誰もわからないけれど、明日どうするかを決める権利はいつでも自分たちにある。だから、とりあえずは一番合理的な方法に切り替えようとしている。もっと言えば、週5オフィスを試してみたけれど、体が妙に疲れた。そんなにぼうっと電車に乗れるほど心は図太くないんだ。感染しないように毎日数時間過ごし、かつオフィスでも常にマスクをして気を張る。やっぱり週5オフィスには戻れないと日々の疲れが教えてくれた。懐かしむ過去には戻れない。それは絶対的な事実だ。