orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

テレワークをやめた(1年ぶり2回目)

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テレワークをやめることになった。

とは言ってもメンバー全員ではなく、私だけ。

やめるきっかけは先週末。そう、突然それは訪れた。

今年は一度も出社していなかった私が、である。週5出勤に様変わり。いやそこは、週2や週3で、ニューノーマルでしょまだコロナ禍も終わっていないのに。それは当然のツッコミかと思う。

しかし、人には止むに止まれぬ事情というものがあるのだ。ここは、週5出勤にしないといけない事情が現れた。

それは、人間関係、である。

自分が預かりしらないところで、思い切り状況はこじれていた。もしかしたらとてつもなく大きな爆発をして、周辺に被害を与えていたかもしれない、それぐらいのこじれ。

たちが悪いのが、自分がそれを検知できていなかったこと。テレワーク独特の結果なのかもしれない。ビデオ会議ではわからないのだ。誰と誰の関係性が何ポイントなのかって、監視システムみたいにモニタリングできたらいいのだけれど。一見何の問題もないように見えるから、本当にどうしようもない。

二者の関係性が悪い。ではどちらが悪いか。Aが悪いのかそれともBが悪いのか。両方話を聴いてみると、これは一概には言えない。でも両方とも悪いところがありそうだ。

信頼関係というものは双方向だが、AのBへの信頼と、BのAへの信頼は、だいたい同じだと思う。AがBを悪い!、と糾弾しているときは、たいていBもAは悪い!と糾弾する。そのときに、Aのほうがいい、Bのほうがいい、なんて調整をしようものなら、自分へミサイルが向かってくる。なんだと、Aの味方をするのか、Bの味方をするのか。

やるべきこととしては、AとBをまず遠ざけて、両方冷静になってもらうことが必要だと思う。Aに「Bは反省している」と言っても信頼度が低いので信じてくれない。Bの場合も然りだ。一番マネジメントとして悪手なのは、AとBを直接話させて、見た目上和解させることだ。表面上は取り繕うのだけど、結局自分がいないと成り立たない和解は、信頼関係を修復させはしない。

AとBの信頼関係を修復するためには、まずはAとBの関係を中止し、例えば私が介在し、Aと私、Bと私でそれぞれ信頼関係を構築。それを間接的にAとBに見させて、私の介在によって彼は改心したのかも。もしくは、悪いところを認めてくれたのかも。そうやって信頼関係を外堀からゆっくり回復させるしかないと思っている。

そう、この類のトラブルに、テレワークは非常に相性が悪いのだ。もし全員が出社していたらさすがに大こじれする前に、私も気づけたろう。しかし、私がオンラインでいる場面ではそのような姿を見せたくない、というのがメンバーの「見栄」なのかもしれないのだった。

テレワークをやめた。これは、テレワークで生み出したひずみを解消するための、防衛手段だ。テレワークで生産性は落ちなかった。むしろ通勤しないで仕事に時間を集中できるので、もはやオフィスワークを否定するぐらい、未来の働き方のようにも思えた。でも、それは急に限界が訪れた。

テレワークによって、見えない情報が明らかにある。その見えない情報がひずみとなり、メンバー間の信頼関係をむしばんでいったときに、マネジメントとして手を打つタイミングをどんどん後ろにずらしていく。端的に言えば「正常性バイアス」が起こりやすい。問題は起きていないだろう。うまくやっているだろう。そう思い込むことができやすいのがテレワークだと思う。でも、ぎすぎすすること、はテレワークでも再現できてしまい、かつマネジメント層に見えにくい。勝手に担当者間でバトルが始まってしまい、それに介入する手段がない。

この人間関係のひずみを解消できたら、一部テレワークに戻るか、と問われると今のところ確信がない。一度失ってしまったものを、もう失わないのか?と考えると、まだ自信がない。

今日は事なきを得た。次は・・・。またコロナ禍の再復活でテレワークに戻るとしても、限定的にならざるを得ないな、と思う今日の私。

しばしの別れ、テレワーク。