orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

誰かに褒められなくても成長する方法

f:id:orangeitems:20201228082040j:plain

 

人間が成長する過程においては成功体験は絶対必要だと思います。しかしこの成功体験を、第三者が褒めてくれることで確認しようとする習慣が流行しているように思います。今の指導方法で良いと言われているのは、できるだけいいところを見つけて、褒めて育てること。悪いところを指摘して修正していく指導方法ではなく、悪いところは目をつぶりできるだけ良いところを指摘していくのが良いと言われています。

この状況で、褒められることに依存する人が増えていると思われます。人から褒められないと成功しているかどうかがわからない。だから外部環境に自分の成長度合いが関係することとなります。たくさん褒めてくれる人がいると、成功体験が増えるので成長を感じることができる。もし褒めてくれる人がいないと、途端に自分が成長しているかどうかを測る尺度が無くなり、モチベーションが下がり努力をしなくなり、結果成長しなくなる。

これは、不幸な状態であると思います。外部環境に関わらず、自分の意志で成長できたほうが良いに決まっています。

私自身は会社生活は長くなってきましたが、要職になってくると褒められることなどほとんどありません。しかし良い数字を出せばそれだけ評価は上がります。私自身も人から褒められるということにあまり関心はなく、それより予算をどれだけ上回れるか。誰が見ても素晴らしいと言える結果を出すことに腐心しています。人から褒められるとか褒められないとかではなく、客観的に見て優れていることの方が大事です。

つまり、成功の定義を、第三者の行動変容に置くのではなく、自分が成し遂げることができる結果に対して行うことが重要です。他人がどうあろうが成功体験を実現することができます。

誰かが褒めてくれるのはうれしいですが、それはコントロールできることではありません。それを、「褒めてくれないから私は成長しない」というのは明らかに子どもっぽいように思います。特に会社の中のようなビジネス関係に持ち込むのはおかしい。そういう人は「この環境は良くない」と言って仕事を転々とすることに陥ってしまうのかもしれません。コントロールできないものに依存するから、振り回されてしまうのです。

私が学生時代だったころは、完全に「叱る教育」でした。いわゆるスパルタと言われていた指導方法全盛で、今では考えられないビンタなど体罰もありました。そこから今は「褒める教育」に変わったのは理解しています。ですから、私も部下を指導する際には特に若い世代には褒めることを意識して行うことがあります。褒めることは誰にとってもポジティブなので、自信をもたらし、前向きになれます。

しかし、だからと言って、叱ることも行います。大事なことは、何が良くて何が悪いかをわかりやすく表現することで、指導される側が行うべき行動を促す効果があると理解しています。全く叱らなくて褒められることばかりの指導は、かえって緊張感を緩ませ、油断をもたらすと思っています。

指導者側が先回りして褒める教育を行うことが常識化してしまいました。褒められることに依存する人は、コントロールできない変数に自己評価を依存してしまうために、厳しい人が周りに登場したりすると途端に逃げてしまうようになります。人からの評価ではなく、自分が主体的に決めた客観的な数字をもとに、成果を測り、成功の尺度とすることで、全てが自分次第となります。

褒められないから逃げるのではなく、自分が成長することを妨害しようとする具体的な何かの要因があるときに、転職を考えれば良いと思います。

成長することに対して、コントロールできない誰かの行動を変数にしない。あくまでも自分でものさしを持ち、自分にフィードバックできるようにする。そして、その客観的な数字を他者にプレゼンテーションし、誰もが納得できるような準備を進める。ここまで、全て自分でコントロールできます。より主体的であることの重要さはこのプロセスにあると思います。誰かに褒められなくても、成長をすることはできるのです。