orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

今日までの総括 明日を見据えた戦略

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コロナ禍が長期戦となって参りまして。

当初は緊急避難的にテレワークだの外出自粛だのを捉えていました。ところがどうでしょう。終わりが見えません。これずっとやっていくのなら緊急避難ではなく日常ですね。

日常がこの状況、というのをどれだけの人が受け入れたのでしょうか。

さすがにずっと家に居るわけには・・ということで外に出かけてみるものの、全く活気がないのです。ほとんどのお店は感染対策に命をかけているのですがそれそのものが、ものものしさを高め、店が作り出す楽しさを半減させているのです。飲食店だって食べれればいいのかというと違うでしょう。喧噪があり密集がありそこにインテリアがあって形成される様式美です。客数や配置を制限したり店員がマスクを着けたり、アクリルで覆ったりすることで非常時を想起します。それはしようがないことですが。

外でのイベントやライブなども軒並み中止。したがって外に行ったって何もすることがない。景色見ると言ったって一瞬。

家に居てもやることはないけれど、外に行ってもやることもないという、悪循環。その上今週、急に暑くなって外に短時間いるだけで命の危険を感じる状況です。

 

さて、今週はお盆の期間で夏季休暇を取られている方も多く私もその一人です。来週からはお盆明けの今年後半戦に入ります。お仕事が忙しくなる気配があるのですが、悩んでいるのはオフィスの使い方。

ここ最近、コロナが身近に迫っていることをひしひしと感じています。私の生活圏でもとうとう感染者がぽつぽつ現れ始めています。毎日数百人が陽性となっている状況だとこれはもう確率のようなもので、どこかで他人事だったものが、自分に対して距離を詰めていることがわかります。

さっぱり当たらない馬券も1000回買い続ければいつか当たる話で、いくら対策を取ってもどこかで入り込んでくるのではないかと言う不安はあります。

オフィスを使うという発想も、現在の状況ではその確率を上げる方向にしかならない。電車通勤のリスクも、6月の頃に比べると格段に上がっています。電車の中に含まれるウイルスの数が増えるのですから当然です。

そうなると、テレワークできるならテレワークで、という思考になってしまいますが、これはある意味、全部テレワークでも仕事は回ると言えば回るのです。この半年で相当鍛えられ、リモートでビジネスをすることにどんどん違和感が無くなっています。自分も周りも。

では、オフィスとは何だろう、と。大金を支払って稼働しない不動産を維持するモチベーションがどんどん無くなっていきます。長期化しないのであれば、保持しておいて再度使うことは何の抵抗もありませんでした。しかしいつまで続くかわからないのであれば・・。

 

この、休暇も仕事も制限をされている状況が長期的に続くという仮定自体が、もしかしたら9月以降の人々にあまり実感を持って受け入れられていないのではないかと思うことがしばしばあります。テレビを見ていると、もう何もできなかった4月~6月のころに比べると、どんどん番組製作上の制限が緩くなっているように思います。

その緩さは、長期化を受け入れない対抗心のようなものにも受け取れますが、結果として芸能界にもどんどん感染が広がっていることをニュースを見て感じます。結局、抵抗すればウイルスに飲み込まれ、抵抗しなければ何もできない。

これは明日の自分にも迫られている選択のような気がしてなりません。抵抗するのかしないのか。感染リスクを受容して生きるのか、それとも拒否して制限された方法を取り続けるのか。

ワクチンうんぬんのニュースが取りざたされる度に、今度はワクチンの危険性を受容するのかしないのかという命題が少し後に来そうな気がしてならないのですが、まだ本当に開発完了するかどうかもよくわかりません。ひとときは、9月以降のイメージを固め始めなければいけないのですが、去年までの平常に戻るということを考えると大幅な下方修正を迫られそうな予感をしています。

 

下方修正する上で考えるべきは、そろそろ人間関係のきしみが世界で、そして身の回りで置き始めること。こんなストレス環境下で、しかも親交や一体感を温めるような方法が取れない状況の中、悪い影響は不可避です。暗いニュースも増えています。

それらを予見して、今のうちに何かできることはないか。せめて、主体的にポジティブにできることはないか。

楽しさ、を感じる機会が減っているのは間違いなく、ゲームや映画、本、音楽などをインターネット経由にて疑似体験で気を紛らわすのは良いとしても、それらが表現しようとしていることは、あくまでも去年までのことであり没入感が薄れて行っていることも念頭に置く必要があります。

過去の遊びの使いまわしではなく、現実の体験をもっとこの状況下でも改善する必要があると思います。それが、あたかも「ウイルスへの抵抗」のようなことになるとたちまち感染してしまうという恐れがあり、思索しないといけないなと思うところです。

まだ具体的に何をすればいいのかは分からないですが、これまでと違った、何らかの抜本的な何らかの行動は間違いなく必要になるだろうという確信があります。