「適切な感染防止対策を講じた上で」って呪文、止めない?

 

世の中、「適切な感染防止対策を講じた上で」って言えば何でもできるようになっちゃってさ、その結果これよ。

今後どうするんだろう、今日がピークだったらまだ救われるけれど。

適切な感染防止対策なんて、なかったんでしょ。

アクリルも、マスクも、アルコール消毒も、そしてワクチンすらも今日の現実を止められなかった。

現状を許容できるなら、もう、アクリルも、マスクも、アルコール消毒も、ワクチンも、やらなくったって結果は同じなんじゃないかと思う。

私は、なんだかいろんなことが白々しくなったので、ずっと家で仕事してる。まあそれでも、いつ入り込むかわからないぐらいの様子だね。

もうそれなら、コロナとは、自然現象だっていう割り切りもどこかで必要なんじゃないんだろうか。

台風、地震、大雨、いろんな自然現象が起こるけど、これらを防止しようということはできないでしょう?。

最近やってることって、それぐらい無理なことをしようとしてるんじゃないかな、って。人間の力の及ばないことを、さぞ意味があるみたいにして、みんな苦しい思いをしているような。

おそらくこの適切な感染防止対策の目的は、やらないと「医療リソースがひっ迫する」というのが建前だったんだけど、「適切な感染防止策」とか言うのをやった上で行動制限しなかった現状。ひたひたと、ひっ迫する状況が近づいている。

じゃあ、ちっとも適切じゃないね。だから、「適切な感染防止対策を講じた上で」って呪文、止めない?。

あまりにも、白々しくってさ。もう見てらんないんだよね。適切じゃない。

むしろひっ迫させないんだったら、2類から5類へ、みたいな話を進めたほうがよっぽど適切じゃないのかなぁ。医療機関も今の決まり自体が、負担が大きいわけでしょ?。

どうなろうが、ほんとかかりたくない、って人は自分で行動制限しちゃえばそれこそ本当の意味で「適切な感染対策」なわけだし。

日本人は「建前」が大好きだけど、建前作戦大失敗だね。みんなで決めたから、って違うこと言うと白い目で見られる文化が、ここにきてアウトだ。いや、みんな裏では言ってるよね。何が適切な感染対策なんだって。意味あるのかって。でも「適切な感染防止対策を講じた上で」言えば、何でもできる文化を日本人は作っちゃった。

個々で頭を使って考えたら、今起こっている現象って大変残念な話だよね。適切じゃない「適切」の呪文がまん延し、その結果、どんどん感染が広がって、それでも行動制限はせず、これからの懸念は医療機関リソースのひっ迫。このまま、ひっ迫させたら、行動制限もあります、みたいな話に次、なるんだよ、絶対。

無限ループか。

ちと、先が見えてしまったので、とりあえず書いとく。