テレビドラマやマンガなどの日常表現と、コロナ禍の関係性

 

テレビドラマやマンガなどの日常表現を見てて思うのは、全部コロナ前のことを想像して描いてますよね。距離感といい、マスクのない状況といい、ここ最近は体験していないことです。

コロナ禍が1年やそこらで終わることが前提で、表現者たちも割り切っていたと思うのですがもう2年半が経ってもこの有様です。むしろマスクをしてても避けきれない。

私の隣の部署でも出社組がどんどん感染していて、私はしばらくほぼリモートにするつもりです。じゃあ来年には、さっぱり元に戻っているかというと・・先が読めません。この第7波の前は、さすがにもう終わるのかな、という雰囲気すらありましたから。

テレビのバラエティーも、おそらく収録前にスタッフが検査をして陰性であることを確認した上で、マスクを外してパフォーマンスしているのでしょう。プロスポーツだって同様。みんな、リスク覚悟で、コロナ禍前を取り戻そうとし、結果、どんどん感染が広まってしまった。

この波が収まったら、おそらく仕組みの見直しを行い、保健所や病院の対応方法も改善されるのでしょうが、普段の生活についてはしばらく変わらないんじゃないかなとも思います。集団で同時に発熱したら、どんな事業体もたまったものではないですから。

早急に元に戻そうとし過ぎたというのは断言できるとして、今後もだらだらと感染対策を続けていかなければいけないとしたら、創作側もアップデートしていかないと、だんだん時代劇みたいに見えてくるようになるのかもしれません。

 

そもそも、創作側が、なぜ現在の生活を踏まえた表現をせず、コロナ前の状態の状況を描こうとするのでしょうか。

これは、創作されたものが「時代のごく一部分の現象を切り取った状況」として扱われるのを恐怖しているという動機を感じます。今は共感されますが、10年後、20年後共感されない作品となるのではという懸念。今が特別と感じているからこそ、創作側は、コロナの状況を盛り込むことを潜在的に拒否しているのかな、と。

もう一つは、長期的な作品になったときに、コロナ禍の状況でスタートすると、話の進行においてずっと今の状況を盛り込むのに勇気がいるからです。5年で完結するとして、5年後は元に戻っている可能性も十分にあります。そうすると逆に足かせになるという発想です。

どんな創作物にしても、なんとなく最近のものがフィットしないのは、コロナ前の状況が前提の作品ばかりになっているからのような気がしてなりません。ただ、もう3年目に突入し、この状況を逆手に取った素晴らしい作品がそろそろ生まれてもいいんじゃないかなと期待もしています。

 

創作物がコロナ禍を無視し続けるのはいつまでできるでしょうか。この夏、行動制限しないと人々が心に決め、でもそれを許さない現実。このまま大半の日本は突っ走って、行動制限している人が家の中から出てこないのを、大勢の人があざ笑うシナリオも描けます。軽症なら風邪扱い、と言う話もありますから、どうやって社会が受け入れて日常をどう描くか、まだ決まっていないということですね。それでも創作し続けなければいけない当事者自身が戸惑っていることを感じています。