orangeitems’s diary

40代ITエンジニアが毎日何か書くブログ

若手システムエンジニアの不安について

 

20代~30代が将来を不安視するのはわかるよ。今は実力主義・能力主義が濃い目で、加齢とともに給与がステップアップすることが保証されていく時代じゃない。会社には役割があって、そのポストにスッとハマって、そしてそれをこなしていくのに余りある精神力・体力・学力・コミュニケーション能力・人徳が備わっていればいいが、足りているかどうかわからない。いや、技術は新しくなる一方なので、常に勉強し続けないとすぐに落伍者扱いされてしまうのではないか。また、所帯を持ち子育てを始めようものなら、時間も取られるし、住宅や自動車などのローンも背負いプレッシャーも強くなるかもしれない。

どうしてこんなスラスラと言えるかというと、私も同じ不安を抱えて来たからだ。

じゃあ、不安は的中しましたか、というと、全く、全然、さっぱり。ピンピンして40代後半まで来ることができた。

何が良かったのか。

多分、精神力、みたいなものは人一倍あった。就職氷河期時代を生き延びたのは伊達じゃない。

健康については、まぁ、酒の席が苦手でタバコは一切やっていないところは功を奏したか。途中、仕事が大変めなときは私の場合、皮膚荒れがひどかったけれど、ここ最近、仕事が整理されてからはすこぶる調子が良くなった。あの経験以来、負荷はできるだけ避けるような仕事の仕方をするようになったのは良かった。いくら体が丈夫だと思っていても、精神的なストレスには、体の方が拒否反応を示してくることを理解できた。

学力というか、この25年間、机で参考書を広げて勉強するみたいなことは、ほとんどやってない。多分そういう勉強は嫌いだ。ただ、趣味がパソコンなので、趣味も仕事も外見的にはあまり変わらないので、人から見たら勉強熱心に見えるかもしれない。けど、私は遊んでる感覚の方が強い。

コミュニケーション能力や人徳。これは何とも評し難い。技術を使って直接的に仕事をする上で、コミュニケーション能力(読み書き・聞く話す)は二十代から十分にあったけど、多分、人徳的なところはかなり落第だったと思う。それもこれも、若い頃に見た景色がひどすぎて、ああこんなんでいいんだと、悪い学習をしてしまったと思っている。三十代を過ぎて、マネジメント的なことも経験しながら、子育て等々も含め、いろんなことで学びを得て、なんとかかんとか及第点になったのかなと思っている。いや、全ての要素において、尖ってできたところは初めからできていて、足りないところが滅茶苦茶足りなかったので、経験によって学習した、というお話である。

こうやって見ると、何が決定打になったのかと言われても、あいまいである。

おそらく、これ以外の部分に、ポイントがある。

若手が不安に思うポイント、以外の部分に秘訣があるとすれば、実はその不安、多少的外れの可能性がある。

だって、

健康だったらこの先安泰って言われても、気休めにしかならない。

勉強すればこの先安泰って言われても、気休めにしかならない。

徳を積めばこの先安泰って言われても、気休めにしかならない。

それ以外の部分は何か。

案外「日々、ちゃんと生きること」という命題に落ち着くような気がしている。

人生、どう考えたって日々の積み上げである。何を積み上げるか。それはきっと本人にもわからない。でも十年前二十年前の自分と今の自分は明らかに違う。それは積み上げである。何でもいいから、何か積み上げていくという姿勢。

アカデミックなことでもいいし、そうでなくてもいい。それは人それぞれ自分の嗜好に合わせて選んでいけばいい。うまく積み上げられた人は高みに登るし、続かない人は少しの山を作っては放り投げる。それでもたくさんの小さな山を作ったことが、大きなことにつながる場合だってあるから、全く人生なんてわからない。

健康とか勉強とか徳とかは、もはや基礎の基礎みたいなものであり、その基礎だけを攻略したら万人が幸せになれるかというと、そんなことあるわけないと言いたい。

それじゃ、何を積み上げればいいの?、と。

さあ、それを見つけていくのが、人生だと思うんだけど。