orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

メタバースどころか、まだ人が集まることの意味を定義できていない

 

これはよくわかるなぁ、と思った話。

 

www.phileweb.com

それ以上に興味深いのは、クック氏のメタバースに関するコメントだ。この言葉にMeta社を初め多くの企業が社運を懸けているなか、「私は常に、人々が物事を理解できることが重要だと考えている。そして、一般の人がメタバースが何であるかを言えるかどうか、本当に自信がない」と述べている。

つまり一般人にとって「メタバース」は馴染みがない、意味が分からない可能性が高いと、ほのめかしているわけだ。

 

で、このニュースもさっき見た。

 

news.tv-asahi.co.jp

 損保ジャパンの内定式はメタバース=仮想空間で開かれ、来年春に入社予定のおよそ230人が自分の分身=アバターとなって参加しました。

 

残念過ぎるだろメタバース・・。

 

***

 

まあ、既存のプラットフォームで試行錯誤されている方をどうこう言うつもりもない。現世代のVRなんて、立体映像カメラで録画したコンテンツを再生する機能がメインである。それは単なる再生機で、単に飛び出すだけなら数日で飽きてしまう類のものだと思った。実際に経験して。

しかもゲームをするには、目隠しされて頭に重い物付けて、近視のことが考えられてないデバイスで、さっぱりアウトだった。これも思い出。

メタバースって、バーチャル空間という前提でしょ。そこに人々が集まることで、時間や場所を超越した社会を想像することができる。そんな建てつけ。

でもさ、そんなの、実はすでに達成している。私のメンバーシップでも、あらゆる地域から特定の時間帯でSlackに集まり、既に社会を形成できている。

ここにVR要素を絡めたり、アバター機能、そして3Dの背景や場を展開することで、リアルで会っているのと同じ機能を付けたいわけだよね、メタバースは。

じゃあ、人間って、リアルで集まることに対して、ちゃんとした定義ができているのかな?。都会に暮らしていて、似たような趣味趣向の人たちが自然に集まれるような仕掛けって作れてる?。正直作れてないと思うんだけど。ほとんどの人が世帯の中に閉じこもっていて、警戒しながら生きている。自治会も何度か参加したけど、みんな役割を果たしたらさっさと帰りたがるもんね。イベントがあったって、それをみんな見に来るだけであって、横の関係の構築なんかできないでしょ?。

メタバースで何かを再現するにしたって、再現する実体について、実は人間様が何も結論を出していない。今一つ集まる意味について、リアルですら最適化できていない。

これは、オフィスがいいのかリモートワークがいいのか、って議論が全然終わっていないのと同じこと。リモートワークでもコミュニケーションはできるけど、オフィスじゃないと何がこぼれるのか。そのこぼれることを、メタバースなら拾えるのか。

VRデバイスは、テキストチャットではこぼれる映像や音声の情報を補完することができる可能性を持つんだけど、多分補完できてもね、集まることの定義ができてないと、技術だけ先行して何も生まない。

そんなに空間に人を集めたいなら、リアルでやれば?ということになるだけだ。バーチャルですら、今のままでもVRを使わずともできているでしょ。オンラインゲームの方が歴史もあるし技術も上。上記のニュース映像と比較して見てもらえば然りだ。有名なオンラインゲームはアバターもあるし、コミュニケーションもできるし、そしてグラフィックも音もよくできている。

とりあえずは、メタ社がMeta Quest 2の次世代機を今後見せてくれるらしいので、どれくらい進化したかはチェックしたい。地味なチューニングや映像の高精細化ぐらいじゃ満足しないよもう。問題はコンテンツ。「人が出会う、意思を疎通する、人生が豊かになる」みたいなビジョンに対して、どこまでデバイスが寄与できるか。そういう高い次元の作り込みがメタバースには求められていると思うがどうだろうか。