orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

個人がアウトプットすることと、人間の歪み

 

今後、YouTuberやTikTokerなどの活躍を見ての通り、個人がアウトプットすることについては一種の流行が起こると思っている。

アウトプットすることと、いくばくかの報酬がリンクすると、副業になる。これはベースラインとしても、アウトプットし続けることで仕事ができるようになるという副産物もある。

どんな職業についてもアウトプットしないことはない。資格を取り続けても仕事がない。勉強してスキルは付いたが仕事がない。そんなことはあり得ないだろう。確実に会社からはアウトプットを求められ、アウトプットが不完全な人は、評価が低いままとなる。

どうやってアウトプットが上手になっていくの?、ってそれは時間を使って練習していくしかないだろう。アウトプットの天才はいるのかもしれないけど、後天的に学習していく面積の方がよっぽど大きい。誰だって初めは初心者で試行錯誤しながら、視聴者の動向を見ながらアップデートしていくだけである。そこは執念である。

仕事の中だけでアウトプットの機会を得て磨いていくというのはこれまでだが、もはや会社に人生を捧げるなんて今っぽくない。あまりある時間は自分で管理しなければいけないけど、勉強ばかりして活かす場所は会社だけよ、だとあまりにも人任せになりやしない?。それじゃ転職するかって話になるかもしれないが、いちいち転職繰り返してたら会社からも信用されないので、大きな仕事を任されないかもしれない。

だから、インプットばかりじゃなくアウトプットも忘れないでね、ということだが、この個人がアウトプットをたくさんし出すようになると少し思うことがある。

(インプット→個人→アウトプット)みたいなフローになるのだが、必ず個人を通じて処理が起こってアウトプットにつながる。この時、個人が「見栄を張る」のである。SNSでよく起こっていることを考えてもらえればわかる。「映え(ばえ)」を気にするのだ。自分はこんなにすごいぞ、みたいな要素が無意識に入ってくる。

世の中にこれから、ますますたくさんの個人のアウトプットが流れ出すと思うけど、それらを毎度チェックしていると嫌になると思う。それは完全な真実ではなく、虚飾が紛れているから。虚飾まみれのアウトプットの中で、価値があるものを見分けるのは難しい。ネットは使うのが難しい・・というのは20世紀末にインターネットがみんなのものになってから、全く変わっていないのである。今後この傾向が強くなる。

インターネット古参の私からすれば、どんなアウトプットでも、むしろマスメディアの記事ですら怪しいと思って見ているけど、思いのほか人々は影響されやすいと思っている。特に「絵/写真/映像」に顕著だ。そこにAIまで絡んできて、虚像を真実だと思わせるための仕掛けが巧妙化している。だからもうネットなんて見るなという話もあるにはあるが、所詮本質は全く変わっていないのである。一方、全部ウソではないので、その審美眼を見極める力は、昔と比べてもっと必要とされているように思う。

だからこそ、一部のインフルエンサーのその能力がもてはやされ、熱心なファンが付くのであろうが。

インターネット全体としては、マスメディアだけのアウトプットだけで静まってしまうような例えばテレビのような状態よりも、雑多な情報が飛び交う方が好ましい。そして、その傾向を知り対処すること。見栄っ張りのような人間の見えたくない部分も見えることも含んだ上で、お付き合いしていきたいものだ。見えたくない部分が見えたところで、指摘したってしょうがない。人間だもの。そういう人間らしいところ、見つけたとしても皮肉を加えて批評するぐらいで良い。受け手が対処すればいいだけだから。

もともと、個人の情報が集まっていた場所だったインターネットが、マスメディアや企業のアウトプットばかりになった時期。そこからキュレーションサイトが台頭したものの、あまりの情報の杜撰さが問題となり、SNSが台頭し出した時期。そして、YouTuberやTikTokerなどの個人発信が強くなった今。一度「終わった」と言われたブログなどのテキストメディアもまたチャレンジできるときがやってきた。

いろいろ歪みはあるけれど、明るく、楽しいインターネットであってほしい。