とりあえずやってみればいいのにね、と考えるタイプの人の思考

 

とりあえずやってみればいいのにね、というのはある。

やり出すといろいろとつまづくものだけど、そこは根性で乗り越えるというのが私の手法だが、どうもこの世は根性無用論みたいなものが圧倒的に優勢だ。でも、石にかじりついてでも達成するもんね、という気合が何かを乗り越えることの原動力である。

とりあえずやってみれば、だんだん課題ははっきりとしてくるし、それらを課題に分割し、一個一個の単位を細かくし対応していけば、少しずつは前進する。

という取り組みは私の得意とするところだけど、これ、私と付き合う人はこの気合フェーズのときに、つらそうだ。今時、気合や根性もないよね、とは思うんだけど、何かそういうときって、異様に集中力が増すので、ボーナスタイムにも等しい。同時に周りの人もそうなっていると強いのだけど、なかなかそんなことはない。相手が先に疲れちゃう。

まあだから、私の仕事の仕方は、とかくソロ向きだなという自覚はある。あんまりチームでやらないで、自分の仕事の分は切り取って一人でやる。その内容は困難であればあるほどいい。すでに誰かが投げ出したそれのほうが都合がいい。

こういう性格は、0を1にするのに非常に向いている。難しくてもとりあえず手をつけて、そしてたくさんの未知による挫折に負けず、仕事やプライベートも分けず24時間考え続けて突破するからだ。

一方で、チームワークで業務量を増やしていくような、1を10にする局面においては、たくさんの衝突を経験するだろう。周りとテンポが合わないからだ。ここでモードチェンジをして、周りに任せることができる才覚があればよいのだろうが、いま0なのか1なのか5なのかはわからないので、ついついソロっぽく仕事をしてしまう。

こういうタイプの人は、いつまでも1を10にするような仕事にしがみつかないことをお勧めする。誰もやったことのないようなことをあえて手を付け、人より散々苦労するようなことに楽しみをおぼえるタイプだ。0が1になったと思ったら、どこかで切り上げて、あたらしい0に向かうというのがいい生き方だろう。

しかし万人にはお勧めできない。簡単に壁にぶち当たるし、積み上げたものが全部ゼロになるのもよくある話だ。安直に始めるからそうなる・・と嫌味の一つも言われるが、痛いとか痛くないとかあんまり本人は感じていない。むしろそこからたくさんの事柄が学べることが多いし、仮に成功したら先駆者扱いされることも踏まえ、成功でも失敗でも前向きである。かつ、まだ0とか1とか言っているくらいの規模の時には、撤退戦も簡単だ。

そう、こういう考え方をしてるからこそ、始めたらなかなか止めないという特性もある。負けを認めない限りは負けないもんね、ぐらいちょっと狂った感覚をしている。追い詰められた状況で頭を回転させるからこそ、パフォーマンスが出るところもあるので、自然ととりあえずやってみるのである。

世の中のすべての形になっているものは、はじめは0だったのだから、やはり0を1にする人材は必要ではある。そのような特性に自身があると思ったら、早めに仕事のスタイルをそちらに寄せていくべきであるし、いや、向いてないと思ったら、極力やめたほうがいい。なぜなら、0→1人材の根性・気合たるや、まともじゃないからだ。一方、1→10を、メンバーに根性論・気合論をふっかけて消耗するのもよくある話なので、向いてないことはやるもんじゃないよね、と思う。