勉強しているのに結果が出ない インプットとアウトプットのバランスについて

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最近は、どちらかというとインプット、つまり勉強をすることに重心をおいていて、新しい経験をするためにはどうしたらいいか、頭をひねっている。

勉強イコール、机の上に本を開いて問題集をやって・・みたいな狭義の勉強だけではなく、新しい分野の経験、遊び、ひっくるめて勉強と思っている。

つまり、情報があって自分がいて、そのベクトルが自分に向かっていればなんでもインプットなのだ。そして自分から外に情報を発散することをアウトプットと言う。

このインプットと、アウトプット、人間は同時にできないので注意が必要だ。

自分という入れ物があり、それがアウトプットするから「仕事」になって、これを買う人がいるからお金をもらえる。

でも入れ物に何も入れないで、アウトプットばかりやっていたら人間はどうなるか。思考パターンは毎回同じものになり、新しい学びも減り、いつしか機械的な反応となっていく。「楽しさ」もなくなっていく。そのうち、周りの環境が変化していることすらインプットしないために気が付かず、アウトプットがたまらなく陳腐化していくことにすら気がつけなくなる。

ということで、ここまで書くとインプット、平たく言えば勉強の大事さを伝えるだけの話だが、このインプットというのもなかなか渋い。仕事に必要だから、ということで新しい分野のことを情報収集すると、思いのほか楽しかったりもする。どんどんインプットしながら、はて、これって周りからどう見られているんだろうかとハッとする。

これ、インプットだけやってると、仕事していないのと全く変わらない。いや仕事のためなんだから仕事だろ、と。それはそうかもしれないが、最終的にアウトプットにつながってこその仕事である。

インプットに夢中になる人がいる。いろんな資格を取る。資格のための勉強も欠かさない。そしていろいろ習得し資格手当も受領するが、一方で仕事につながらない。仕事のための資格取得となっていないから、それはそうなのだが、手当はもらうのでいささか問題とはなる。そのうち、その資格、いらないんじゃないの、というダシに使われたりして気分もよくない。

長年仕事をしていると、こう思う。インプットとアウトプットは、重心をどちらに置くかはともかく、極端にどちらかに集中するといいことはない。バランスが重要だ。また、アウトプットしているからといってインプットできない、またはその逆、のような排他的なものでもない。新しい分野の仕事を積極的に受ければ、アウトプットしながらもインプットもできる。だから、勉強になるようなことを仕事にしていくべきで、ただしインプットするために必要な素養がなければ、限りなく時間を浪費した上にアウトプットまでできない、「できない奴」扱いされてしまうかもしれないリスクもある。

仕事内容と、仕事をしている自分、そして私生活、全体として適度なバランスを作り、しかも状況によってコントロールしていかないと、どこかをがんばったところで短期的に、中期的に、そして長期的にも歪みが襲ってくることは間違いない。

どこか、戦略的な目で見なくてはいけない。インプットするにしても後々アウトプットをどうやって実施し認めてもらうか。そもそもアウトプットできる場があるのか。環境がふさわしくなければ転職や異動なので場所ごと変えるという手もあるし、自分の環境を改善するという手段もある。いろいろ考え方はあるが、何しろ、勉強だけでは、何の意味もないぞ、と言っておきたい。インプットとアウトプットの流れをどうコントロールして、時間軸と共に評価者にアウトプットを公開、想定するもしくはそれ以上の評価を得る。戦略そのものだ。