orangeitems’s diary

クラウドで働くインフラエンジニアの日々の感想です(ほぼ毎日更新)。

この連休は、思考の旅

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連休中で、テレビはオリンピックかコロナのことしかやっていないので、あまり書くネタもないのだが、ちょっとこのブログのことについて書いてみたいと思う。

最近の傾向を見ていると顕著なのだけど、今回のような私見というか、自分の言葉で各記事の方が、情報収集したまとめ記事よりも反応が良い。

個人の書くことなんて、と思って、何か新しい情報をつかんだらそちらを優先にしようと思っているがもう数年もやっていると新しい情報なんてそこまで落ちていない。新しいと言っても前回書いた記事の継ぎ足しにしかならない。テレビつけてもいつも同じことをやっていると思う人は、おそらく昔はテレビはもっと面白かったと思う人だ。二番煎じ、三番煎じにしたって、オリジナルが初めにある。オリジナルはとても面白かったのだ。それを超えたくて新しい物を作るが、締め切りも予算も限られ、結局は、成功した番組の焼き直しになる、それが毎日続けると言うことなんだと思う。

そう、このブログだって同じで、毎日書き続けることによって前書いた記事にかぶらないことを気にしなければいけなくなる。オリジナルで書いているつもりでも、実は前にそれ書いたでしょ、と。私は書いたことは何となく覚えているので、それはそれで、今日は何書くかなというのが毎日とはなかなかの修行ではある。特に、連休だとネットニュースが止まる傾向にあり、ネタも見つかりにくいのだ。

そんな状況で、それでも書き続けられるのは、思考の中からこうやって文を書けるということ。自分の思考はどこからやってきているのかなど考えたこともないが、不思議とどこからかインプットがあって、だからこそアウトプットできるのだろう。

深掘りすると生きる、ということが自動的にインプットにはなっていて、だから最近のパターンとしては寝る前に書くことにしている。一日生きたから何も書くことがないなんてないよね、というある意味正しく、そして生きることをだらけさせない効果もある。それは日記なのか、というと、自分の日記を他人様に見せるほど恥ずかしいこともない。日記じゃない。思考の取りまとめだ。なあんにも思考しないで生きることなどできようか。

たまには何も考えない旅行でもしたいな、と思うんだけど旅行すると思考するので話としては間違ってる。堂々巡りの思考に区切りを付けたいから人は旅行するんだと思う。転職でも引っ越しでも何でもいいけど、何かきっかけがあると、半強制的に新しい思考を始めるから、賢いと思う。

ここ最近ではオリンピックの開始、そしてコロナ禍のいよいよの拡大。この辺りの矛盾を眺めているだけでも、思考はできる。こんな、何となくの感染対策と、乗り切れる雰囲気に任せたオリンピックはどこに向かっているかは、始まってみないとわからない。

と、今日は思考の流れのまま記事にしているけれど、正直言って過去こういう文章に自信はなかった。話は飛ぶし、結論もあいまいだ。でも、何となく読み物としては成立してしまうということを初めて知ったのは小学五年生の時だったか。読書感想文の課題で、私が書いた作文が面白かったので、清書して持ってきて、と指示された。で、一生懸命文を整理して持っていったら、面白くなくなったと言われ、その時の心の傷は今でもある。そう、一見、ぐにゃぐにゃした、ラジオのDJがしゃべるような文って、実は人の想像をかきたてるようだ。狙って書けるかと言えばできなくもないけど、需要あるのかなと思ってたけど、反応はいいので、何も書くことがない時はやってみようかと思う。

ここ最近、仕事で忙しかったのもあり、この連休はありがたい。とはいえ、なんだか仕事のようなことをやっていて、休みなんだかなんなんだかわからないのだけど、人々が休んでいるだけ、自分の仕事のような勉強のようなことに集中できている。こうやって、勉強嫌いの私だけど、仕事上の問題を解決したい一心で勉強のようなことをやっているので、これは自分にとって効率がよい。

この連休は、思考の旅、かな。