orangeitems’s diary

クラウド専任の40代インフラエンジニアが書くブログ。新規事業マネージャー。20世紀末の就職氷河期スタート時にIT業界に文系未経験で入りこみそのまま生き残った人。

オレンジ、赤、紫、青、そして暗闇になる田舎の空と海の話

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私は幼少の頃(というか中学まで)九州の田舎、海岸線の近くで窓から海が見えるくらいの場所にいたのだが今考えても都会の暮らしとはかけ離れたところだった。古い漁村だったが時代とともに寂れていく一方だ。ずっと郡の一部だったのが、地方自治体の大合併で市の一部となったがそのときにはもう私は住んでいなかった。当時は町内に信号が1つしかなく、信号を見ると都会だと思ったくらいなので今、東京の近くで過ごしている私から見るとなかなか振り切れた環境である。

私の通っていた中学校はそこから自転車で25分ほどかかる場所にありなかなか遠い場所にあった。往復で1時間毎日自転車を漕いでいればなかなかの体力づくりになったわけで、通っているときはきつかったがあれはあれで良かったと思う。しかも田舎だけあってすいすい進めるので、運転しているときは楽しさもあったかもしれない。あまりおぼえてはいないけど。

ちなみに、その中学校ももう更地になっている。西と東に別れていた中学校は、もう統合されて1つになったらしい。そしてあまりにも通うには遠いのでバスで生徒を送っているとか。もはや自分の思っている世界ではない、らしい。

そんな私の田舎の通学路において、部活をやっていた私は19時やら20時やらに変えるのはザラだった。当時は(今もかもしれないが)部活の顧問には人権もなかったので、夜遅くまで部活動につきっきりで、土日すら練習を計画し同席していた。今はずいぶん学校も厳しくなっているらしく18時以降の部活は禁止にしている学校も増えているとか。残業みたいな時間に部活動をさせるのもブラックだわな。ただ、私の時代はそんなこともなかったので、遅い時間に学校を出ていた。

九州は日が暮れるのが東京よりも遅いので、6月ごろは20時くらいでも夕焼けのようなときもある。田舎は建物が低いし空気もいいので空が広い。その空がだんだんオレンジになり赤くなり、そして紫になり青になる。最後は漆黒になるが星もきれいだ。そんな空を3年の間眺めていた。そして天気が悪いときはとても空が暗く、しかも街灯も田舎なのでまばらで、自転車の光が前を照らすだけで車も来ず、漆黒の闇の中を切り裂いて爆走した思い出がある。虫の音しかなく、あんな体験は都会では絶対にありえない。

早めに帰れたときは夕焼けがまだ海を包む。海がオレンジと青を混ぜて、一日の終わりを彩っている。

そんな風景に囲まれながら過ごすだけでも贅沢なのだと思う。でも結局は私は都会に出ていくことになる。あの頃の自分には町の外の世界こそファンタジーだった。美しいが変わらない世界にずっとはいられず、町の外にでて変化を得る必要があると本能でわかっていた。

さて、そんな幼少を今になって思い出してみると、いやあれこそファンタジーだわ、あの世界にいながら活躍できたらさぞ贅沢だったな、と。ワーケーションなんて話もあり、今ではもしかしたら、あの世界に囲まれながら雑多な都会の仕事をすることもできるのかもしれない。でも、あそこには戻れないな。長いテレワークを経て、ああ関係者との物理的距離って大事だな、みたいな庶民的な結論を出してしまうのだから。

どうにか、片田舎が存続する方法が社会で構築できればいいけれど、このまま放っておけば、きっと本当のファンタジーワールドになってしまうんだろうなと、少しさびしい気持ちにもなった。