iPhone4/4Sを使っている人を見て貧しいと思った自分への自戒

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iPhone4/4Sを使っている人は貧しい?

ある日電車に乗っていて、ある女性の乗客が使っていたiPhoneがずいぶん昔の形をしていました。私自身はiPhone3GSからのユーザーなのでその形を知っていて、多分にiPhone4か4Sです。2020年の今でもiPhone4や4Sってまだ使えるんですね。iOSのアップデートは随分前に終わっているのですが、調べてみるとまだLINEやWebブラウザ、その他メジャーなアプリも動くようです。

で、第一印象で、「貧しいのかな?」と思ってしまいました。

この記事は自戒の意味で書いているのですが、この、古いものを使っているのを見て貧しいと思う現象は何なのか。自分の感覚を深掘りしてみたいと思います。

 

考察

とても現実的な話をすれば、格安SIMを買って、手持ちのiPhone4や4Sに指すのはとても節約になります。節約になること自体は貧しかろうが金持ちであろうが等しく意味があります。一方でもし3大キャリアの長期ユーザーで買い替えていないとすれば、それはもったいないと思います。通信料金に2年間の端末代の大半が含まれていたのは事実でその恩恵を受けないことで、損をしていることになります。

ただ、iPhone4/4Sを今使っているのを見て貧しいと思う感覚は全然別の話です。ガジェット好きだと、iPhoneが11に至るまでにどれだけ中身がアップデートされているかを記憶しています。画面が小さい。ハイエンドなアプリは動かない。液晶の品質。電池の持ち。細かい機能の積み重ねを当たり前のように思ってきた自分が、過去のモデルを見て魅力がないと思うのです。昔のモデルを使うことで、何かの体験が失われるのではないか、と。そもそもLTEに対応したのは5からだったから、4/4Sは3Gで通信しているんだな、なんて。

話を変えて自動車の場合だとどうでしょう。クラッシックカーというジャンルがあって、もう生産していないモデルにプレミアがついて、所有することに価値が付く事例があります。性能は今の車の方が全然上です。しかしちゃんと動くし、デザインはモダンなものよりも尖っていたりします。ただそれにも増して、パーツがもう手に入らないので動くだけで価値があります。

家具や楽器などもそういう性質がありますね。

どうも、iPhoneになるとそういった話を忘れそうになります。最新の機能を欲しがっているのは万人とは限らないということです。Webが見られればいい。LINEができればいい。音楽が聴ければいい。カメラが使えればいい。そんなことを考えるともしかしてiPhone4/4Sでもいいし、それよりも今この世の中で、iPhone4/4Sを所有していて使っている自分を見せることはクラシックカー的な意味を持つ可能性が十分にあります。

OSやアプリの脆弱性の話はあるものの、限られた利用であるならば問題なく、むしろ「貧しさ」ではなく「豊かさ」なのかもしれません。過去の名品を長く使うという考え方です。

企業はどんどん新しいモデルに変えてもらいたいのでしょうが、いや、そればかりがモノとの付き合い方ではないよな、と思いました。

 

サブスクリプション型社会と環境問題

どんどん新しいものにしていかないと。それにお金を払えない人はダサい、という強迫観念のようなものが無駄な資源の消費を生み出し地球全体のリソースを過度に消費する方向に向かわせているのではないでしょうか。

サブスクリプションのように、「利用」に価値を置きその利用のためのデバイスは過去モデルで構わないというビジネスこそ今後の主題にしていかなければいけません。

古いものを使いまわすと経済が拡大しない、のではなく、古いものをできるだけ使って利用範囲を広げそれに対して薄く広く課金を行っていく。

古いものにも価値を与え、資源ができるだけ浪費されないように、経済のルールを変えていく。

「iPhone4/4Sを使っている、貧しいのかな」というこの感覚に対する自戒をこめて記事を作成しました。古いものをどんどん使っていくという発想に価値を感じられるようになっていきたいです。